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誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

仙台にて その3



 2月10日(金)から2月12日(日)まで仙台に行った話の最終回です。
 今回は、2月10日から11日にかけてのことを書きます。


 今回の旅行の主目的は、ボランティア仲間が集まる会に参加し、旧交を温めることでした。
 2月10日は、仙台近郊の秋保(あきう)温泉で一泊しました。
 ご参考までに地図を載せます。


 私は仙台駅まで新幹線で行きました。
 そこで一緒にボランティア活動をした方の車に乗せてもらいました。
 西に向かうこと約30分、距離にして約15キロ、夕方に秋保温泉に到着しました。
 早めに到着した人達と一緒に、早速温泉につかりました。
 日が暮れていく中、ゆったりと至福の時を過ごしました。

 その後、旧交を温める飲み会が始まりました。
 参加してよかったと思ったのは、やっぱりボランティア活動でお世話になった地元の方々とゆったりお話できたことでした。
 地元の方のお話で一番印象的だったのは、南三陸町に多くの人に住んでもらいたい、という話でした。
 どうしたら魅力的な街を作ることができるか?
 一度訪れたら住み着きたくなるようにするにはどうすればいいのか?
 とても悩ましい問題です。
 それでも、話されていた方は前向きでした。
 まだ、影も形も見えていませんが、なんとなく本当に実現してしまいそうな雰囲気を持たれていました。
 話が具体化してきたら、少しでもお手伝いしようと思いました。


 翌朝は3センチくらい雪が積もっていました。
 少し宿泊施設の周りを散策しました。
 やっぱり東北の朝は寒いです。
 近くを流れる名取川の川原はピンと空気が張り詰めていました。


 川の流れがゆっくりしているところは凍っていました。


 前日に誰かが作った雪だるま(雪ねずみ?)も形を変えずにカチカチ状態でした。


 今回は参加させてもらって本当に良かったです。
 また南三陸町歌津に行きたい気持ちが強まりました。
 少しでも多く、少しでも長く。
 次に長期間行けるのはゴールデンウィークになりそうですが、直接現地に行けなくても協力できることを模索中です。
 
 以上、仙台に行った話でした。


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3/11に向けて、千羽鶴を飾る話 その2



 今回は、震災発生日である3月11日に向けて、千羽鶴を飾る話の第二回です。


 今回のプロジェクトを主催されている方のブログ紹介です。

 1つ目のリンクは、折り鶴プロジェクトの趣旨説明です。
 http://ameblo.jp/utatuouen/entry-11163329327.html

 2つ目は、2月18日の作業についてです。
 http://ameblo.jp/utatuouen/entry-11171879668.html

 3つ目は、2月19日の作業についてです。
 http://ameblo.jp/utatuouen/entry-11171909933.html


 本当は一緒に作業したいところですが、今回はすぐに歌津に行けないのが残念です。
 3月の春分の日付近に休みを取って、一緒に作業したいと目論んでいる所です。

 以上、折り鶴プロジェクトの紹介でした。

 


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仙台にて その2



 前回に引き続き、2月10日(金)から2月12日(日)まで仙台に行った話です。
 今回は、2月12日のことを書きます。


 午前中は、宮城県美術館へ。
 「クレーとカンディンスキーの時代」展を鑑賞。
 一番印象に残ったのは、エゴン・シーレの自画像。
 シンプルな描線の中に強い意志を感じた。
 隣接する、佐藤忠良さんの美術館も鑑賞。
 柔らかい雰囲気の像が多かったのが印象的。


 午後は仙台を離れ、多賀城市、七ヶ浜町に行くことに決定。
 理由は、以前から多賀城に行きたかったから。
 昨年の夏、多賀城高校吹奏楽部の演奏を聴く機会があった。
 彼らの演奏は、聴く者の心を弾ませるものだった。
 演奏が生き生きしていた。
 チアリーディングやダンスを織り交ぜ、見た目にも高校生の若さが溢れていた。
 演奏中に、指揮の先生を始め、部員全員が手を振るシーンは喜びに溢れていた。
 そんな中、演奏中に涙を流す子が何人かいた。
 部員全員が一つになって準備し、そして、コンサートで演奏できる喜びをかみしめているように見えた。
 コンサートのパンフレットには、部活動が再開したのは震災の一ヶ月後で、被災者を励ますために慰問演奏、チャリティーコンサートをした、と書いてあった。
 彼らの住む町を見てみたいという気持ちが去年の夏から続いていた。


 12時44分。
 JR仙台駅にて、JR仙石線に乗り、多賀城駅に向かう。
 電車の中で地図とにらめっこ。
 どう歩こうかプランを練る。


 13時05分。
 JR多賀城駅に到着。
 駅の周りで情報収集。
 多賀城市と七ヶ浜町の地図を手に入れる。
 運良く、駅の案内所でレンタサイクルできることが判明。
 自転車を借りる。
 南下し、砂押川沿いを行く。
 さらに県道23号沿いを東へ行く。
 橋の上で強風にあおられる。
 陸上自衛隊多賀城駐屯地の前を通り過ぎる。
 まだ、津波の痕跡は見えない。

 県道58号線に移り、七ヶ浜町に入る。
 素手だと手がかじかむ。
 急遽、コンビニで手袋を購入。
 
 アップダウンのある坂道を行く。
 坂を下り、海に近づく。
 家々の土台だけが残っている地区に入る。
 やはり、この地域も、瓦礫は撤去されたが、その先が見えない状態。


 14時04分。 
 松ヶ浜の漁港近くで休憩する。
 堤防に腰掛け、海を眺める。
 近くに一本の木が生えているのに気づく。
 岩にしがみつくように、辛うじて地面に張り付いている。
 津波にも負けず、立ち枯れもせず、粘り強く生き長らえている。



 さらに東に進む。
 途中、10人くらいの人達がビブスを着て作業をしているのが見えた。
 ボランティア活動をしている様子。
 ちょっと負い目を感じながら前に進む。 

 途中、小豆浜という綺麗な白砂の浜の横を過ぎる。
 本当に綺麗な白砂。
 津波の痕跡が見えない。
 地元の方や、ボランティアの方が瓦礫を撤去し、清掃した様子が目に浮かぶ。


 町のほぼ東端に位置する小浜港に到着。
 松島特有の点在する島々が見える。
 穏やかな海。
 時々遊覧船らしき船が通る。

 県道58号線沿いを北上する。
 仙台火力発電所に到着。
 発電所の建物は無事だが、フェンスなど施設のあちこちに津波の痕跡が残る。 
 また、かなり内陸の方まで浸水しているのが分かる。
 
 そこから先は、県道58号線は西に向かう。
 かなり長い登りが続き、あとは七ヶ浜町内で津波被災エリアを通ることは無かった。
 
 七ヶ浜町から多賀城市に戻る。
 貞山橋のたもとで、小さな船が打ち上げられているのを見かけた。
 貞山運河を南下し、JR多賀城駅に向かう。


 15時30分。
 JR多賀城駅に到着。
 自転車を返却し、帰路に着いた。
 
 
 今回は、多賀城市と七ヶ浜町を2時間くらいで回った。
 また来てみたいと思った。 
 駅で、史都・多賀城というパンフレットをもらい、改めて史跡を見てみたいと思ったし、七ヶ浜の夏は海がきれいだろうな、と想像できた。
 それに、それぞれの町が復興する過程も見てみたい。
 今度は時間をかけてゆっくり回りたいと思った。



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仙台にて その1



 2月10日(金)から12日(日)まで仙台を旅行した話について書きます。
 旅行の主目的は、ボランティア仲間が集まる会に参加し、旧交を温めることでした。
 その話は次回以降で書きます。
 今回は、仙台の津波被災エリアを歩いた話を書きます。
 ご参考までに地図を載せます。
 



 2012年2月11日(土)14時30分。
 晴れ。
 正午近くに、ボランティア仲間と分かれた後。
 時間が余り無かったが、仙台の被災状況を一目見たいと思い、海沿いを歩くことを決断。
 仙台港近くから仙台空港まで、可能な限り歩いていこうと決めた。



 14時58分。
 JR仙台駅にて、仙石線の多賀城方面に向かう電車に乗る。
 電車の中で地図とにらめっこ。
 遅い時間スタートで、海沿いをどこまで歩けるか少し不安になる。
 暗くならないうちに、安全な場所に辿り着かなければならない。



 15時15分。
 JR仙石線の陸前高砂駅にて下車。
 相変わらず晴れ。
 街の中だと少し風がある程度。
 カロリーメイトを2本かじり、腹ごしらえ。
 かなり速いペースで歩く。
 5~6km/hくらいか。
 国道45号を東に向かい、県道141号、県道10号を歩く。
 まだ街並みは普通。
 幸いなことに。



 15時52分。
 高砂橋に到着。
 橋の上から、七北田川の上流、下流を見渡す。
 あの日、この周りで何が起こったのか?
 今では想像できない。
 七北田川沿いの土手を海の方に歩く。
 すぐに、南側が津波に襲われたことに気づく。
 家が無い。
 建物が無い。
 土砂で埋め尽くされている。
 瓦礫は無い。
 すでに撤去済みということか?

 南蒲生浄化センター近くまで歩く。
 10mくらいの高さにある道路標識がへこんでいる。
 
 

 津波の傷跡か?
 遮るものが無く、強風が吹き付ける。
 吹きさらしの中を歩く。
 分厚いダウンジャケットを着ていることと、太陽が出ていること、そのおかげでまだ何とか寒さをしのげる。
 海を見ることができる道路は歩けないことが判明。
 海沿いは瓦礫置き場になっており、関係者以外立ち入り禁止区域が続いているため。
 南下しながら県道10号に戻る。
 県道10号は直線道路。
 ただひたすらまっすぐ伸びる。

 

 歩くことにめげそうになるも、地図上の距離と自分の歩く速さを信じて歩き続ける。
 海の方に瓦礫が積み上げられているのを横目で見ながら歩く。
 車、木材、建築物、と分類され、整然と直方体を形成している。



 16時58分。
 若林区荒浜交差点に到着。
 夕暮れが迫る。
 県道137号を西に行き、仙台駅方面に戻るか悩むも、県道10号をそのまま南下することにする。
 ただし、仙台空港まで歩くのは無理と判断し、閖上大橋まで行き、そこからJR名取駅を目指すことに方針転換。
 フードをかぶり、歩道を歩く。
 ただひたすら歩く。
 道を歩く人はいない。
 外で作業している人もいない。
 ただ車だけが猛スピードで行きかっている。
 大型トラックが横をすり抜けるたびに、強い風に体が揺さぶられる。

 左手、海側に、家の土台だけが残された地域が続く。
 一軒も残っていない。
 遠くに松が間隔を空けて立っている。 
 ある高さより下に枝が無い。

 ふと、松の木の間に明るい光が見える。
 星かな?と思う。
 どこかで見た光景。
 東山魁夷さんの「夕星」を思い出す。
 木が間隔を空けて4本立つ。
 その上に夕星がポツンと光る。
 かすかな希望を感じる絵。
 ブルーに染まった夕闇の世界。
 注)こんな絵です。ご参考まで。http://www.npsam.com/about/kaii_shinsyu/kaii_shinsyu04.php
 
 どこまでも広がる津波浸水エリアを、冷たい風が海に向かって吹き抜ける。
 かすかな光を見ながら歩く。 
 しばらく見続けると光は移動する。
 光の正体は、低い位置を飛ぶ飛行機だったらしい。
 仙台空港に向かうのだろうか?

 やがて太陽は沈む。
 ポツンポツンと点在する倒壊を免れた家に明かりがともる。
 津波に襲われたこの地域に、今現在、生活されている方がいることを知る。
 照明の無い道を歩く。
 危険を感じ始める。
 自然と足が速まる。


 
 17時47分。
 閖上大橋の北側に到着する。
 もうすっかり日が暮れている。
 橋の上を歩く。
 かなり長い橋。
 そして、かなり幅広い川。
 名取川。
 川幅は500mはありそう。
 橋の上から上流を眺める。
 夕闇の中、仙台の街の光が浮かぶ。
 つい先ほどまでいた世界。
 あちらでは、街を行き交う人達は何の疑いも無く、友達と笑いながら歩き、ショッピングをしている。
 私はこちら側にいる。
 橋の周囲は暗闇に包まれている。
 こちらとあちらの間には、ぽっかりと暗闇に包まれた空間が広がる。
 この先どうなるか決まっていない、津波に飲み込まれた地域。
 早く、土地の利用方法が決まり、津波の傷跡が癒される日が来て欲しいと願う。


 
 17時53分。
 閖上大橋を渡り切り、名取市に入る。
 予定通り、県道10号に別れを告げ、県道129号を歩き、JR名取駅に向かう。
 もう辺りは暗い。
 地面は辛うじて見えるだけ。
 たまに水溜りに足を踏み入れ、ドキッとする。
 街灯は無く、たまに通る車のライトを頼りに歩道の安全を確認する。
 私はライトを持っていないことを後悔する。
 しょうがないので、小走りで先を急ぐ。
 まだ津波が襲った地域を脱していない。



 18時01分。
 仙台東部道路の名取インターチェンジに到着。
 そこを超えると状況は一変する。
 家屋は無事。 
 津波に襲われた形跡も無い。
 仙台東部道路の盛り土の高さは、10~15mはあるだろうか?
 それが堤防の役割を果たし、そこから西側の地域を津波から守ったことに気づく。
 そして、少しずつ街灯や民家の明かりが増えていく。
 歩くたびに、前に進むたびに、街に近づくことを実感する。
 やがて、県道129号は市街地に入る。
 国道4号を超える。
 
 
 18時46分。
 JR名取駅に到着。
 全行程、約20km。
 急ぎ足で歩いたため、足の甲や、かかと、足の筋肉に痛みがある。
 それでも、歩いて良かったと思う。
 仙台の海沿いの宮城野区と若林区は、震災から一年近くたってもまだまだ復興の形が見えていないことをこの目で理解できたから。
 私がこれまでに見た他の被災地と同じように。

 私は、今回見た光景を忘れない。
 



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3/11に向けて、千羽鶴を飾る話



 今回は、3/11に向けて、千羽鶴を飾る話です。


 2週間くらいに前に一通の手紙を受け取りました。
 年末に私が歌津で活動した際に、お世話になった方からでした。
 その方には、活動先を紹介して頂いたり、宿泊させて頂いたり、大変お世話になりました。
 常日頃から私にできることなら、何でも協力したいと思っていました。 

 手紙には、3/11に千羽鶴を飾りたいので協力して欲しいと書いてありました。
 飾る場所は屋外。
 南三陸町歌津、伊里前地区の”全世界の皆さんありがとう”看板の前。
 年末にイルミネーションの飾り付けをした場所。


 
 この看板の詳細は、以下のブログに書いてありますので、ご参照ください。
 http://ameblo.jp/utatuouen/entry-10942094936.html

 この協力要請の手紙を受け取り、すぐに協力したいことを伝えました。
 私は30枚お願いしました。
 一人で折ることと、折り鶴を折った経験があまり無かったので、少なめにしました。
 そして今から一週間前に、屋外で濡れても大丈夫な防水加工された紙が届きました。

 紙が届いた日から、折り鶴の折り方をホームページで見つけ、折り始めました。
 紙の裏にメッセージを書いて、一つ一つ丁寧に折っていき、今日完成しました。
 こんな感じです。






 ちなみに、2羽足りないのは、身近な方に2枚渡したからです。
 その方にも折り鶴を折って欲しくて相談したところ、快諾してもらい、なおかつその方のお知り合いに、震災のことを気にかけている方がおられるとのことで、2枚渡しました。
 来週には、30羽全部揃って、歌津の方にお渡しできる予定です。

 なお、千羽鶴は通常の飾り方ではなく、折り鶴に釣り糸を通して、看板の下を横に渡す感じになるそうです。
 丁度、イルミネーションを看板の上を通るように横に渡したのに近い感じかもしれません。


 残念ながら、私は折り鶴に釣り糸を通す作業は手伝えない予定です。
 3/11に、たくさんの人達の想いが詰まった折り鶴が、きれいに飾られていることを願って、歌津の仲間に託します。
 楽しみにしております。


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