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誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

NHKスペシャル「シリーズ東日本大震災 住民合意 800日 葛藤の記録」


 今回は、NHKスペシャル「シリーズ東日本大震災 住民合意 800日 葛藤の記録」についてです。

 昨日、6/28(金)にNHKで放送されました。
 宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話でした。
 下記のリンクは、番組ホームページへのリンクです。
 http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/0628/


 以下に、放送内容の概要をまとめました。

◆概要
 ・東日本大震災以前は、宮城県名取市閖上地区で、約5600人の方々が生活されていた。
 ・震災時に、仙台東部道路より東の閖上地区が津波に襲われ、800人近い方々が亡くなられた。
 ・2011年8月に、名取市は仙台東部道路より東の閖上地区に街を再建する方針を決めた。
 ・多くの住民が名取市の再建計画に納得できず、合意しなかった。
 ・2013年6月現在、名取市の再建計画に対して、多くの住民が合意していない。
 ・番組では、この過程を3人の方々に密着して取材した。
  ①ゆりあげ港朝市の代表の桜井さん
  ②息子さんと義理の母が行方不明になっている竹澤さん
  ③現職の名取市長である佐々木さん

◆現職の名取市長である佐々木さん
 ・2011年8月、現地再建する方針を決定
 ・2011年10月、5000人規模の居住区を閖上地区に作ることを提案
  →6mの堤防と、土地のかさ上げで防災対策。
  →街の機能維持の為には、5000人という人口が必要との考え。
  →津波が到達しなかった、仙台東部道路より西の閖上地区への街の分散は考えず。
  →住民合意が得られなかった。
 ・その後、名取市は住民と個別面談を行い、再建計画を修正したが、現在も住民合意が得られていない。
  →現在も、仙台東部道路より東の閖上地区での現地再建を優先した計画を提案中。
 ・佐々木さんには、2012年7月の市長選で、再建計画を承認してもらったはず、との思いあり。

◆ゆりあげ港朝市の代表の桜井さん
 ・2011年3月27日、仮店舗で朝市を再開
 ・2012年7月、閖上地区の団体に声を掛け、話し合う場を設けた。
  →12の団体が集まったが、それぞれ異なる意見を持ち、話し合いを継続すること自体難しかった。
  →考えの違いを認め合わないと進まないという思いから、その後も話し合う場を持ち続けられている。
 ・2013年5月、元の場所で、ゆりあげ港朝市を再開
  
◆息子さんと義理の母が行方不明になっている竹澤さん
 ・震災から現在まで、行方不明になった親族を探し続けられている。
  →ボランティアの方々に協力してもらい、海岸で行方不明者を捜索した。
 ・閖上地区で多くの方々が犠牲になった原因を検証する活動もされている。

 

◆番組を見た感想
 私は、前回、前々回の記事で、宮城県名取市閖上地区について書きました。
 今回、NHKスペシャルを見て、震災以前に閖上地区に住まれていた方々の苦悩を知りました。
 震災以前に同じ閖上地区で生活されていたとしても、現在は、一人ひとりの方々が異なる事情を抱え、今後住む場所について異なる考えを持たれていることを知りました。
 そうした中で、行政が街の再建計画を作り上げる難しさを感じました。

 番組の中で、印象的だったシーンがありました。
 ある女性が「街が無くなるのは寂しいけど、戻りたいと思えない」と語られていました。
 色んな思いが感じられました。
 長年暮らした街への愛着、津波に襲われた恐怖、二度と津波に襲われたくない思い・・・。

 今でも多くの方々が苦しまれていることと思います。
 震災以前に閖上地区で生活されていた全ての方々が、安心して暮らせることを願っております。
 安心して暮らせる選択肢を選べるようになって欲しいと願っております。



 閖上地区、日和山公園の前にあった看板です。

 



 
 なお、名取市閖上地区の現状について知りたい方は、下記の情報もご参照ください。 
 ・DIAMOND ONLINEの記事 : http://diamond.jp/category/s-yuriagee
  →街の再建計画、震災時の避難方法の問題についての記事です。
 ・名取市の復興計画 : http://www.city.natori.miyagi.jp/fukkoukeikaku
  →市の復興計画の詳細、計画に対する個別面談結果が公開されています。




 以上、NHKスペシャル「シリーズ東日本大震災 住民合意 800日 葛藤の記録」についてでした。

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宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話 その2


 前回に引き続き、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話です。
 第2回目です。

 私は、今年のゴールデンウィークに、宮城県名取市閖上地区を訪ねました。
 魚市場のそばを歩いていると、近くに小高い丘があり、人が集まっている様子が見えました。
 近づくと鳥居があり、小さな社が見えました。


 社の両脇には、"富主姫神社"と"閖上湊神社"と書かれた杭が立てられていました。
 "閖上湊神社"は、閖上地区にあった神社ですが、津波で流されました。
 また、"富主姫神社"は日和山にありましたが、同様に津波で流されました。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
 https://readyfor.jp/projects/yuriage
 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1088/20130513_01.htm


 社の横には、この社が作られた経緯が書かれていました。
 閖上の宮大工さんがお一人で作られたそうです。
 詳細は、次のリンクをご覧ください。
 https://readyfor.jp/projects/yuriage2


 日和山の上で、しばらく辺りの風景を眺めました。
 一見して、街の再建がうまく進んでいない、と感じました。
 日和山の周囲には住宅がほとんど残っていませんでした。
 仮設の建物もほとんどありませんでした。

 仙台平野の海沿いの住宅地は、広い地域で津波に襲われる危険があります。
 閖上地区の再建の難しさを感じました。

 次の動画は、日和山の上で撮影しました。
 東(海側)、南、西、北の順でぐるっと一周しました。
 とても風が強かったです。
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 日和山の南西側の山裾に、石碑がありました。
 昭和三陸津波の記念碑でした。
 以下の文が書いてありました。
『地震があったら津浪に用心
 昭和八年三月三日午前二時三十分突如強震あり。沈静後約四十分にして異常の音響と共に怒涛澎湃し来たり、水嵩十尺、名取川を遡上して西は猿猴囲に到り、貞山掘広浦江一帯に氾濫せり、浸水家屋二十余戸、名取川町裏沿岸に在りし三十屯級の発動機漁船数艘は、柳原囲の畑地に押し上げられ、小艇の破砕せられるもの少なからざりしも、幸い人畜には死傷なかりき・・・(中略)・・・天災地変は人力の予知し難きものなるを以て、緊急護岸の万策を講ずべきは勿論、平素用心を怠らずに変に応ずるの覚悟なるべからず。茲に刻して以て記念とす。
   昭和八年十一月三日』


 日和山の周囲には花が植えられていました。
 花は、辺りの雰囲気を変えていました。
 ほんの少しの彩りがあるだけで、その周囲に温かみが感じられました。
 花を植えられた方々が、閖上地区が早く明るい街に戻って欲しい、と願っているように感じました。




 以上、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話 その2でした。



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宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話 その1


 今回は、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話です。

 閖上地区は、東日本大震災で発生した津波によって大きな被害を受けました。
 下の震災前後の地図を比較すると、家々が無くなり、木々が失われたことが分かります。

 震災後の閖上地区です。

大きな地図で見る 

 震災前の閖上地区です。



 私は、2011年の夏に、文藝春秋2011年8月臨時増刊号の作文集「つなみ」を読みました。
 その中に、閖上地区の幼稚園児や小学生、中学生の作文がありました。
 閖上という珍しい地名が印象的で、一度は訪れてみたいと考えていました。

 作文集「つなみ」については、下記のリンクをご覧ください。
 作文の一部を読むことができます。
 ・文藝春秋のウェブサイト : http://www.bunshun.co.jp/info/110623/
 ・松岡正剛の千夜千冊 : http://1000ya.isis.ne.jp/1464.html
 ・nonnonさんのブログ : http://ameblo.jp/1955nonnon/entry-10938717055.html



 以下は、私が今年のゴールデンウィークに閖上地区で撮った写真です。

 閖上地区の海の近くに行きました。
 魚市場のそばです。
 かつて住宅地があった場所を撮影しました。
 住宅は全く残っていませんでした。


 住宅があった場所に、花とお茶が供えられていました。
 花は、雑草の中で、ひっそりと咲いていました。
 みずみずしい花でした。


 亘理名取ブロックの災害廃棄物処理場です。
 閖上地区の海に面した場所にあります。
 順調に処理が進んでいるようでした。
 処理場からは、絶えず煙が上がっていました。
 トラックも頻繁に出入りしていました。
 亘理名取ブロックの災害廃棄物処理場の詳細については、下記のリンクをご覧ください。
 http://nishimatsujv-ganbaronatori.com/


 仮設閖上魚市場です。
 東日本大震災で被災された事業者に利用して頂くために、名取市と中小機構(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)が共同で整備されたそうです。


 魚市場近くの岸壁は今も壊れた状態でした。
 壊れた状態でも、船が係留されていました。


 岸壁の一部は補修工事中でした。
 閖上地区の港湾施設の復旧は徐々に進んでいるようでした。

 
 次回も、閖上地区について紹介します。


 以上、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話でした。


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仙台市若林区荒浜地区の話


 今回は、仙台市若林区荒浜地区の話です。

 私は、ゴールデンウィークに荒浜を訪れました。
 理由は、荒浜の現状が気になったからです。
 昨年末にも訪ねました。
 その時の様子は、下記の記事をご覧ください。
 http://norikfc2.blog.fc2.com/blog-entry-276.html

 


 荒浜小学校の校舎です。
 体育館は解体中でした。
 岩手県花巻市の小学生が修学旅行で訪れ、被災地の現状を学んだそうです。
 http://www.kahoku.co.jp/news/2013/06/20130608t15009.htm
 校舎には役割があるようです。
 震災を忘れない為の存在だったり、地域のランドマークだったり、津波からの避難場所だったり。



 風にはためいているのは、ハンカチです。
 以前は黄色でしたが、すっかり色が落ちていました。
 糸もほつれていました。
 時間の経過を感じさせました。



 道路脇に立てられていた看板です。
 ふるさとの再生を願う気持ちが書かれていました。



 以前は海まで行けませんでしたが、今回は行けました。
 私は海沿いの堤防の上に立ち、辺りの風景を見ました。

 海岸沿いは、ガレキも流木もなく、綺麗でした。
 きっと多くの方々が丁寧に清掃して、この状態まで戻したのでしょう。

 海辺には、強い海風が吹き渡っていました。
 以前見た荒浜地区を特集したNHKスペシャルでは、地元の漁師さんが、豊漁を呼ぶ南東の海風を"イナサの風"と呼んでいました。
 この風のことを言うのかな、と考えたりしました。
 下の動画は、風を切る音がかなりうるさいです。
 ボリュームを下げた方がいいかも知れません。
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 砂浜近くに植えられていた松の苗木です。
 また、一から、防風林を育てようとしているようです。
 http://www.kahoku.co.jp/news/2013/06/20130617t11017.htm
 http://sankei.jp.msn.com/region/news/130616/myg13061602010000-n1.htm



 海岸近くに立てられた、東日本大震災の慰霊碑と観音像です。
 地元の方々と、宮城県柴田町で石材店を営まれている方のご尽力で立てられたそうです。
 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20130305_08.htm



 半年立って、再び訪れましたが、街自体は、以前と全く変わっていないように見えました。
 ふるさとの再生を願う方々は、なかなか思い通りに行かない、もどかしい日々を送られていることと思います。
 荒浜の方々が望む通りに、ふるさとが再生されることを願っております。



 以上、仙台市若林区荒浜地区の話でした。
 



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"めかぶ削ぎ"のお手伝い


 今回は、めかぶ削ぎ(そぎ)のお手伝いをした話を紹介します。

 私は、ゴールデンウィーク中に南三陸町歌津にお邪魔しました。
 滞在中に、漁師さんのめかぶ削ぎのお手伝いをしました。
 
 めかぶは、わかめの根元部分のことです。
 詳しくは、下記の水産会社さんのホームページをご覧ください。
 http://www.wakame.co.jp/pro2.html


 当日のめかぶ削ぎ作業を紹介します。
 
 朝一番、漁師さんが海からめかぶを収穫しました。
 めかぶが満載のかごが作業場に到着しました。
 一日の収穫量は、下の写真の3倍くらいでした。
 

 採れたてのめかぶは、ピカピカしていました。
 海中に住む虫もついていました。
 ついさっきまで海の中で生きていたことを感じさせました。


 めかぶカッターです。
 使い方は・・・


 茎とめかぶの間に、めかぶカッター先端のくぼんでいる部分を当てます。
 あとは、刃を滑らせて、めかぶを削いでいくだけです。
 うまくいくと、スーっとめかぶが取れます。


 茎は売り物にならないので捨てるそうです。
 少し、もったいない気もしました。
 茎を細かくたたいたものを食べたことがありますが、結構美味しかったので。


 削いだめかぶは袋詰めにします。
 卸売業者さんに1kg○○円で買い取ってもらっていました。
 時価で取引をされるようです。
 漁師さんは、めかぶの生育具合や天候、時価を考慮して、収穫時期を決められるそうです。


 私は、二日間、朝8時から昼12時まで、めかぶ削ぎの手伝いをしました。
 かご一つ分のめかぶを削ぐのに、約45分くらいかかりました。
 漁師さんのご家族全員+私+もう一人のボランティアさんで作業をしました。
 慣れない作業でしたが、コツをつかもうとどんどんはまっていき、最後は作業に没頭しました。
 
 作業が終わったあとは、お昼ご飯をご馳走になりました。
 毎度、ご馳走して頂き、感謝、感謝です。
 
 また、漁師さんが元気に海の作業をされている様子を見に行きたいと思います。
 もちろん、海の作業のお手伝いをしつつ。
 


 以上、めかぶ削ぎ(そぎ)のお手伝いをした話でした。


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