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誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

宮城県南三陸町歌津 ~平成の森にて~


 今回は、宮城県南三陸町歌津 ~平成の森にて~ です。

 平成の森は、宿泊施設です。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
 http://taihei-sendai.com/

 私は、昨年末に平成の森に宿泊しました。
 歌津に行く度にお世話になっています。
 今回宿泊した時に見聞きしたことを紹介します。


◆その1
 施設内に展示されていた化石について。

 歌津では、貴重な化石が発見されてきました。
 http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/museum/natural/index.php?c=7

 その最たるものが、「ウタツサウルス(歌津魚竜)」です。
 1970年に発見されました。
 詳細は、wikiへのリンクをご覧ください。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%BF%E3%83%84%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B9

 個人的には、マストドンサウルスが気になりました。
 2006年に発見されました。
 大きいものだと、体長6mです!
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%89%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B9
  
 下の写真は、展示の様子です。  



 歌津館崎サイトでは、約2億5000万年前の地層と、それを貫く火成岩を観察できるそうです。
 歌津館崎サイトは、伊里前湾の東側にあります。
 何ヶ所か観察できるようです。 



 1881年(明治初期)に発見された、貝の化石です。



 ウタツギョリュウの化石も展示されていました。
 よく見ても、どれが化石か分かりませんでした。 



 今でも、「新たな化石」の発見が続いています。
 「新たな化石」が過去と現在をつなぎます。
 「新たな化石」は宝です。
 そんな宝探しに魅力を感じました。



◆その2
 同じ日に宿泊した学生さんについて。

 私が平成の森に宿泊した日に、高校生の団体さんが宿泊されていました。
 気になったので、引率の先生と話をしました。
 話をまとめると、以下の通りでした。
 ・神戸市近郊にある、複数の高校から有志を募った。
 ・ボランティア活動をするために、南三陸町に来た。
 ・仮設住宅にお住まいの方々に、自分達で作ったお米を届けた。 
 ・ボランティアセンター経由で、ガレキの撤去作業をした。
 ・東日本大震災以来、これまでに8回、同様な活動を行った。
 ・今後も活動を継続する予定。

 この話を伺って、阪神・淡路大震災の被災地の方々の「忘れない」気持ちを感じました。
 阪神・淡路大震災から19年立ちましたが、まだ「忘れていない」ということでしょう。
 南三陸町に行くと、ほぼ毎回、神戸ナンバーの車を見ます。
 力強い限りです。
 今後も、ご活躍を願っております。

 なお、高校生のボランティア活動は、神戸新聞で紹介されていました。
 https://www.kobe-np.co.jp/news/akashi/201312/0006594152.shtml



 以上、宮城県南三陸町歌津 ~平成の森にて~ でした。




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宮城県南三陸町歌津 ~蜘蛛仙人のお話~


 今回は、宮城県南三陸町歌津 ~蜘蛛仙人のお話~ です。

 蜘蛛仙人さんは、生きた人間です。
 facebookに登録されています。 
  →https://www.facebook.com/kumotaki
 「歌津てんぐのヤマ学校」を主宰されています。
  →http://utatsu.blogspot.jp/
 通称は、「スパイダー」です。
 蜘蛛の研究をされています。
 東日本大震災後に、東京から歌津に移り住まれました。
 以下は、「スパイダー」さんとお会いした時の話です。


 
 昨年末に歌津を訪ねた時に、何度か宿泊したことがある家を訪ねました。
 震災後に、私のボランティア仲間が、誰も住まなくなっていた古い家を修繕しました。
 それ以来、その家には、多くのボランティアが宿泊しました。
 私も何度か宿泊しました。
 震災から2年以上過ぎ、今は、誰も住まなくなっていると聞いていました。
 私は、昔を懐かしみながら、その家を訪ねました。

 家の玄関に辿り着くと、中から人の気配がしました。
 誰もいないはずなのに。
 一瞬、「知らない人が住んでる?」と思いましたが、思い切って挨拶しました。
 「おはようございます」私は言いました。
 「あー、おはようございます」男性の声がしました。
 中から何度か面識がある方が出てきました。
 スパイダーさんでした。

 スパイダーさんは、私を家の中に入れてくれました。
 コーヒーをご馳走してくれました。
 寒い日だったので、体が芯から温まりました。
 そこで、一時間ほど雑談をしました。


 
◆雑談その1
 スパイダーさんが、歌津で蜘蛛の新種を発見されたこと。
 ・田束山や、住宅地近くの里山で、新種の蜘蛛を発見された。
 ・大きな岩の陰や、丸太の下に住む。
 ・「ウタツホラヒメグモ」と命名された。
 ・日本蜘蛛学会誌に発表された。
 Acta Arachnologica Vol. 62(2013) No. 2 P109-110
  "A new species of the genus Nesticus (Araneae: Nestcidae) from Miyagi Prefecture, Japan" [Short Communication]
  Akio Tanikawa & Akihiko Yawata



 スパイダーさんは、「歌津てんぐのヤマ学校」で子供たちと一緒に田束山を歩き回られています。
 その活動の中で多くの蜘蛛を見つけられたそうです。
 以下のポスターは、その一部です。



 山の中を駆け巡る中で、子供たちが珍しい蜘蛛を見つけたようです。



◆雑談その2
 スパイダーさんが、歌津の子供たちについて語られたこと。
 ・子供たちは、ゲームもやるけど山歩きするのも大好き。
 ・子供には適応力がある。
 ・子供たちは、ポイントを伝えれば、危険な道具(ナタなど)や火の使い方も、自分で自発的に考えて覚える。
 ・「歌津てんぐのヤマ学校」を通じて、子供たちに自然を活用する知恵、昔ながらの生活力を伝えたい。


◆雑談を通じて感じたこと
 スパイダーさんの自然を大事にする思いを感じました。
 以前から、スパイダーさんが、川の清掃活動や、子供たちに自然の中で生きる力を伝える活動を行っていることを拝見していました。
 子供達から「スパイダー、スパイダー!」と呼び捨てにされながら、信頼されている様子も拝見してきました。
 震災から3年が立とうとする中、里山の中に暮らし続け、自然を大事にする活動を継続されています。
 今回は、歌津の動植物や、子供たちの話を聞かせていただきました。
 また、新鮮な、おもしろい話を聞けることを楽しみにしております。
 

 
 以上、宮城県南三陸町歌津 ~蜘蛛仙人のお話~ でした。




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カキ養殖について調べたこと、感じたこと



 今回は、「カキ養殖について調べたこと、感じたこと」です。


 カキ養殖を何度か手伝い、カキ養殖に興味を持ちました。
 特に、カキ養殖業者さんはどのように生計を立てているか、興味がありました。
 以下で、カキ養殖の経営について調べたことをまとめます。


◆参考資料
 ・資料1 : http://www.jfa.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/haihu_21/pdf/data1-6.pdf
 ・資料2 : http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/r0403in2.pdf
 ・資料3 : http://www.pref.iwate.jp/~hp5507/report/kekka00/7-1-2.pdf
 ・資料4 : http://www.takarabe-hrj.co.jp/weekly/No.764.pdf


◆カキ養殖経営の現状 
 経済面や、労働環境面で、かなり厳しい状況で経営されているようです。

 ・家族型カキ養殖の場合、総所得は年間600~800万円くらい (資料1、2、3を参照)
 ・家族投下労働時間当たりの所得=1736[円/h] (東北の例。資料3を参照)
 ・漁業を営む会社の自己資本比率は低く、8.3%(全産業平均は32%) (資料1を参照)。
  →漁業を営むためには多額の初期投資が必要であるが、お金に余裕がない会社が多い為と推定。
 ・漁業を営む会社の総資本経常利益率は低く、1.3%(全産業平均は4%) (資料1を参照)。
  →売り上げが伸びず、コストを下げられない為と推定。

 ・労働時間が不定期で、長時間作業も有り。
  →時期によって値段が大きく違う。
  →宮城産は広島産と出荷時期をずらしている(資料3を参照)。
  →相場が高い時期に一気に出荷作業を行う(資料3を参照)。
 ・働く場所は屋外、または海の近くの作業場が多い。
  →冬の屋外は、労働環境が厳しい。



◆今後の経営の方向性(こんなことできたらいいな、という想像です)
 ・生産コストの削減
  →労務費の削減。カキむきの自動化など(資料4を参照)
  →生産設備費の削減。設備の簡素化。安価な設備に代替。
  →生産性の向上。同じ設備で生産数を向上。より身が大きく美味しいカキへの品種改良。

 ・売り上げ向上
  →販路の開拓。消費者への直販。鮮度の良いカキを美味しく食べてもらう提案とか?
  →高品質なカキの養殖。フランスの例(参考資料4)
   ※以前食べたことがある天然の岩ガキは一個500円~800円でした。
   ※養殖カキは高くても、一個100円~200円でした。


◆カキ養殖に関する補足
 ・自然と触れ合える!
  →カキ養殖を通じて、ほぼ毎日海に行ける!
  →海が好きな人にはたまらない仕事(実際、私がお世話になっている漁師さんはそういう方です)
 ・自然の環境保全が必要
  →美味しくて生育が良いカキを作るためには、海、山、川が良い環境であることが必要、とのことです。
 ・リーダーとしての責任感
  →個人事業主として自分で全て決定しなければなりません。
  →設備投資から、養殖のノウハウ蓄積、収穫時期の決定まで、全て自己判断する必要ありです。
  →私がこれまでに会った漁師さんは、例外なく、自立していて、自分の考えをしっかり持った方々でした。
 ・資産流失のリスクとの戦い
  →漁業は、多額の設備投資が必要です。
  →東日本大震災では、漁業関係者は多くの漁業関連設備を流失しました。
  →流失リスクを加味しつつ、経営する必要があります。


◆所感
 もし自分がカキ養殖をやる立場に立ったら、うまく経営できる自信はありません。
 熟練した方でも、大きな利益を出すのは難しいように感じます。
 ただ、漁業には魅力を感じます。
 それは、生き物相手の仕事ということ。
 より自分の動物的な感覚を研ぎ澄ます必要を感じます。
 風を感じて天気を予想したり、海の変化を見て道具を工夫したり。
 憧れる部分はあります。
 多分、体力的にきつくて、もたないと思いますが。



 以上、「カキ養殖について調べたこと、感じたこと」でした。


カキの養殖いかだを囲む海、海岸、そして森。



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牡蠣養殖の手伝いをして


 今回は、牡蠣養殖の手伝いをした時の話を紹介します。

 海の生き物たちと触れ合えた、ひと時でした。



 私は昨年末に、以前からお世話になっている宮城県南三陸町の漁師さんを訪ねました。
 牡蠣養殖の最盛期ということで、手伝いをしました。
 今回は、牡蠣の収穫作業を手伝いました。
 震災後初めての収穫でした。
 待望の収穫でした。

 作業は、海に近い、陸上の仮設テントで行いました。
 朝8時から始めました。

 手伝った作業内容は、以下の通りです。
 ①牡蠣の貝殻に付着したものを取り除く
 ②牡蠣の身を取り出す


 まずは、作業①について。
 すでに、沖合の養殖いかだから、牡蠣が引き上げられていました。
 引き上げられた直後の状態は、下の写真の通りです。
 最初に見た時は、「どれが牡蠣?」という状態でした。



 よく見ると、牡蠣の貝殻にいろんなものが、くっついていました。
 例えば・・・、
 ・シュウリ貝(ムラサキイガイの一種)
  →小さな手斧を使って、牡蠣からシュウリ貝を分離しました。
  →食べられるとのことで、試食させてもらいました。美味しかったです。ムール貝みたいでした。
  →「牡蠣にシュウリ貝が付着する時は、牡蠣の生育が良い」と漁師さんは言われていました。
 ・フジツボ
  →船の船底に付着する、アイツです。
  →硬い殻の中で、くねくね動く体。見慣れていないので、すこし気持ち悪かったです。
  →「食べると美味しい」と漁師さんは言われていましたが、こちらはチャレンジしませんでした。
 ・よく分からない虫たち 
  →シュウリ貝やフジツボの陰から、カサコソ、カサコソ・・・。当然、食べませんでした。
 海の生き物たちを触り、匂いをかぎ、海の中の生き物たちの暮らしを想像しながら、作業しました。


 
 牡蠣の貝殻を一通り綺麗にした後の写真です。
 やっと牡蠣らしくなりました。
 標準的な大きさは、横の幅8cm×縦の長さ15cmくらいでした。
 順調に生育したとのことでした。
 この後、貝殻に付いた泥を水で洗浄しました。



 次に、作業②について。
 牡蠣をむく作業も体験しました。
 牡蠣をむく専用のナイフを使いました。
 作業は・・・、
  1:牡蠣の貝殻に刃を突き刺し、
  2:2枚貝の隙間に刃を入れ、
  3:隙間に沿うように刃を動かし、
  4:貝殻の内側に刃の先端を沿わせるように動かして、牡蠣の貝柱を切り、
  5:貝殻を二つに分けます。
 なかなかコツがつかめませんでした。
 玄人(漁師さん)は5秒でやる作業を、私は怪我をしないように60秒くらいかけてやりました。
 この作業は全く戦力になれませんでした。
 素人には非常に危険な作業でした。



 作業終了後に、牡蠣を何個かご馳走になりました。
 「牡蠣が海水を溜め込んだ状態で、少量のお湯で蒸すと美味しい」と漁師さんに教えて頂きました。
 間違いなく、私がこれまでに食べた中で、最高の牡蠣でした。
 海水で茹で上がった牡蠣は、塩加減がピッタリでした。



 漁師さんに話を聞くと、まだまだ震災前の状態は取り戻せていないとのことです。
 牡蠣の浄化設備が無かったり、陸の作業場が仮設テントだったり、小規模でしか養殖できていなかったり。
 それでも、少しずつ、環境を整えて、より美味しい牡蠣を育てたい、とのことでした。


 以上、牡蠣養殖のお手伝いをした時の話でした。


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宮城県南三陸町歌津 ~冬の朝の風景~


 今回は、宮城県南三陸町歌津 ~冬の朝の風景~ です。
 
 私は、昨年末に宮城県南三陸町歌津を訪ねました。
 その時の話です。

 
 歌津を去る日の朝。
 午前6時。
 まだ薄暗い時刻。
 カーテンを開け、窓の外を見ると、雪が積もっていました。
 道路にも、木々にも、車にも、仮設住宅にも、雪が積もっていました。
 知らぬ間に、うっすらと。
 音も無く、ひっそりと。 

 私は、雪が好きです。
 雪の白さ、光を受けた時の雪の輝きが好きです。

 窓の外の風景を見て、外に行きたくなりました。
 すぐに、身支度をして、荷物を片付けて、宿泊施設を出ました。

 まだ、太陽が出て間もない時刻。
 硬い雪の上をサクサク音を立てて歩きました。
 まだ、自分の影が長く伸びている時刻。
 車を走らせ、雪の上に轍をつけました。



 ピンと引き締まった空気。
 うっすらと積もった新雪。
 ピンポイントで照らされる朝日。
 わずかな時間だけ輝きを見せる冬華。



 伊里前湾の景色。
 遠くの漁船から立ち昇る煙。
 手前には歪んだガードレール。
 撤去された歌津大橋の橋脚たち。  



 重機でかき集められた鉄骨の山。
 残された橋脚はあとわずか。
 まだ使われている半壊した水門。
 着々と進む新たな防潮堤の建設。 



 雪の中にたたずむ三池竹光の龍。
 雪の中でも変わりなく鎮座する。
 「お願いします、これから一ヶ月、この地を守り続けてください。」
 こんな時だけ都合よく神頼みしてしまう。 



 伊里前復幸商店街には、いつでも旗が翻っています。
 FC町田ゼルビア、カターレ富山、ザスパ草津、ガンバ大阪、ジュビロ磐田、愛媛FC・・・。
 サッカーのJFL、J2、J1、ラグビーに、野球、バレーボール。
 いろんなスポーツチームのチームフラッグがはためいています。



 いつ行っても、気持ちよく受け入れてくれる商店街の皆様。
 とても居心地がいいです。
 また、遊びに行きます。


 以上、宮城県南三陸町歌津 ~冬の朝の風景~ でした。


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