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誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

「スマイルとうほくプロジェクト」の紹介


 今回は、「スマイルとうほくプロジェクト」の紹介です。
 「スマイルとうほくプロジェクト」は、
 「東北に笑顔を広げ、その笑顔を日本中に届けるというコンセプトのもと、東北の3つの新聞社が手をとりあって被災地に笑顔を広げ、日本中に東北の元気を発信していく運動」です。
 東北の3つの新聞社とは、福島民報社、河北新報社、岩手日報社のことです。
 詳細は、プロジェクトのウェブサイトをご覧ください。
 http://smile-tohoku.jp/concept/ 




 私は、昨年末、宮城県名取市、閖上(ゆりあげ)地区を訪ねました。
 震災前は住宅地だった、海沿いの地域を歩きました。
 住宅地の再建がなかなか進まない、緑も少ない風景が広がっていました。
 そのような風景の中に、ポップな、明るい感じの看板を見つけました。
 「スマイルとうほくプロジェクト」の看板でした。

 



 看板には、以下の文章が書いてありました。


『2011年5月に、福島でスタートした、「スマイルふくしま」。全国から参加者を募り、福島県内の5ヶ所にヒマワリの種をまき、最大で直径50メートルになるフラワーアートをつくりました。2012年、このプロジェクトは大きく成長。「スマイルいわて」「スマイルみやぎ」が誕生し、3県にまたがる合同プロジェクトに発展しました。東北に笑顔を広げるというコンセプトのもと、その活動も、花を咲かせる運動だけでなく、写真を送りあう活動、そしてフィンランドからサンタを呼んだり、渋谷でライブイベントを開催したりと、様々な活動に発展。また、3年前に入った今年から、被災地の「いま」を伝えていく活動も展開。さまざまな活動で、東北にたくさんの笑顔を広げていきます。』


 プロジェクトのウェブサイトに、名取市での活動も載っていました。
 スマイルマークの花畑の写真も掲載されていました。
 http://smile-tohoku.jp/project/photo_makes_smile/photo5-3/

 残念ながら、今回私が訪れた時には、花畑を見ることができませんでした。
 でも、次に訪れる時の楽しみが、一つ増えました。
 

 「スマイルとうほくプロジェクト」について、『いいね』と思ったことを一つ書きます。
 それは、企業、民間団体、自治体の協力がうまくいっているように感じたことです。

 そう感じた第一の理由は、ウェブサイトの中身が充実しているからです。
 一つひとつの記事が読み応えがありました。
 被災地の現状と課題が詳細にレポートされていました。

 第二の理由は、参加されている団体が、うまく役割分担できる組み合わせになっているように感じたからです。
 主催されている新聞社3社以外にも、花王、ニコン、SAPPORO、といった大企業が協賛されており、資金面、運営面での安定感を感じました(どのような形で協賛されているか分かりませんが)。 
 共催、後援、協力されている企業、自治体、民間団体は、地元に根ざして活動をされている組織ばかりで、被災地の現状と課題をしっかり把握されていると思います。
 そのような団体同士が力を合わせてうまくいかないわけがありません。


 「スマイルとうほくプロジェクト」のようなプロジェクトが一つでも多く生まれることで、東北がより元気になると思いました。
 このようなプロジェクトを一つでも多く紹介していきたいと思っています。



 以上、「スマイルとうほくプロジェクト」の紹介でした。




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宮城県名取市 閖上(ゆりあげ)地区の土地区画整理事業について


 今回は、宮城県名取市、閖上(ゆりあげ)地区の土地区画整理事業についてです。

 閖上地区では、東日本大震災の津波により、約5700人の住民のうち約750人が亡くなりました。
 閖上地区の土地区画整理事業はなかなか進んでいません。
 行政の方針と、多くの住民の考えが、異なることが原因の一つです。
 津波によって甚大な被害を受けた現地での再建を目指す行政。
 津波被害が無かった、仙台東部道路より西側の地区への移転を願う、多くの住民。
 現在、このような状況の中で、土地区画整理事業が進められています。



 私は、昨年末に、閖上地区を訪ねました。
 何度か閖上地区に行っていますが、なかなか風景が変わらない印象を受けました。
 そんな中で、道路沿いに、こんもりとした盛り土が、見えました。



 近寄ってみると看板がありました。
 「閖上地区 宅地嵩上げ等現地確認場」と書いてありました。
 第一防御ライン、第二次防御ライン、宅地かさ上げ高さ、が記載されていました。
 第一次防御ラインは、数十年から百数十年に一度程度発生している津波対策です。
 第二次防御ラインは、それ以上の巨大津波対策です。
 さらに、土地のかさ上げを組み合わせて、市街地の多重防御を狙っています。
 名取市の資料を参照しました。
 http://www.city.natori.miyagi.jp/content/download/11753/74372/file/fukkokeikaku-zenbun.pdf 
 http://www.city.natori.miyagi.jp/content/download/21846/129376/file/04.pdf



 下の写真のように、第一防御ライン、第二次防御ライン、宅地かさ上げを組み合わせて、津波の流れのコントロールを狙っています。
 もちろん、防災、減災を狙った街作りは大事です。
 ただ、東日本大震災では、巨大堤防が破壊される「想定外」が起こりました。
 ハード面のみの対策と同様に、ハードとソフトを組み合わせた対策にもお金をかけるべきだと思います。
 例えば、「津波避難タワーの設置と、タワーへのスムーズな避難方法の考案」も一つの対策になると思います。
 いずれにしても「絶対安全はない」前提で、複数の対策を準備した方がいいと思います。    



 東日本大震災では、閖上地区の住民の一割以上が亡くなりました。
 住民の方々は、こんなことは二度と起きて欲しくないと思われているはずです。
 住民の願う街作りが実現することを願うのみです。

 閖上地区では今でも多くの花が飾られていました。



 下記の新聞記事も参照しました。
 http://www.kahoku.co.jp/news/2014/02/20140204t11027.htm
 http://www.kahoku.co.jp/news/2014/02/20140203t11007.htm
 http://www.jcpress.co.jp/wp01/?p=7084


 以上、宮城県名取市、閖上(ゆりあげ)地区の土地区画整理事業についてでした。



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宮城県岩沼市 ~千年希望の丘~


 今回は、宮城県岩沼市の「千年希望の丘」についてです。

 岩沼市は、仙台市の南に位置しており、太平洋に面しています。
 岩沼市は、東日本大震災で大きな被害を受けました。
 特に、海に隣接した地域の被害は甚大でした。

 私は、昨年末、岩沼市を訪ねました。
 海に隣接した地域がどのように復興しようとしているか、気になっていました。
 風景を見ながら、海沿いを車で北上しました。

 仙台空港付近を車で走っている時に、工事中の公園を見つけました。
 「千年希望の丘」でした。  
 以下は、岩沼市の基本構想から抜粋した文章です。
「千年希望の丘は、津波の力の減衰や避難場所として活用するとともに、再生可能な震災廃棄物を活用した築造により、この大津波の痕跡や被災者の想いを後世に伝え、さらに集落跡地等の遺構の保存による震災の記憶や教訓を国内外に発信するメモリアル公園と防災教育の場として整備をすすめていきます。」
 http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kakuka/040700/documents/oka-leaflet.pdf
 http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kakuka/040700/documents/2013.6.9-leaflet.pdf



 「千年希望の丘」の事業規模は、周辺の道路整備も含めると約96億円です。
 http://www.kahoku.co.jp/news/2014/01/20140119t13018.htm
 国の復興交付金だけではなく、多くの企業、団体の寄付が活用されて整備されています。



 2013年6月9日に植樹祭が開催されました。
 いくつかのウェブサイトを見ると、多くの方々が参加されたようです。

 地元に工場がある、東洋ゴム工業さんから多くの方々が参加されたようです。
 企業は、人材、資産、資金などの大きなリソースを持っています。
 地元に密着した企業は、復興に大きく貢献できます。
 力強い限りです。 
 http://toyotires-ontheroad.net/pr/130603/
 
 森の長城プロジェクトの方々も参加されました。
 プロジェクトの目的は、「東日本大震災の被災地沿岸部に津波からいのちを守る森の防潮堤を築くこと」です。
 このプロジェクトは、細川元首相が主宰されています。
 もちろん、都知事選に出馬された方です。
 植樹祭当日の写真が、プロジェクトのウェブサイトに載っていました。
 一瞬、「ん、誰、このおじさん?」と思いましたが、多分、細川さんで間違いないと思います。
 http://greatforestwall.com/p74.html 

 2013年6月9日に立てられた完成記念碑



 私が訪ねた日は天気が良く、海も、仙台空港も、離着陸する飛行機もよく見えました。
 広々とした空間に、綺麗な公園が整備されつつありました。
 公園を作ることに関しては、賛成の意見ばかりではないかも知れません。
 それでも、津波で被災した地域を復興する一つの形として、このようなモデルがあってもいいのではないか、と感じました。

 工事は着々と進んでいます。
 減災機能を果たし、震災を後世に伝え、自然の中に溶け込み、市民が憩える、そんな「千年希望の丘」になるように願っております。

 仙台空港の建物と、建設中の「千年希望の丘」



 岩沼市の被災状況、「千年希望の丘」に関しては、以下の岩沼市復興計画も参照しました。
 http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kakuka/kurasi/seikatu/matidukuri/documents/grand.pdf



 以上、宮城県岩沼市の「千年希望の丘」についてでした。



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宮城県亘理町を訪ねて


 今回は、宮城県亘理町についてです。

 亘理町は、宮城県南部の太平洋沿岸にあります。
 阿武隈川の河口に位置しています。
 詳細は、wikiへのリンクをご覧ください。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%98%E7%90%86%E7%94%BA


 私は、昨年末に、亘理町を訪ねました。
 亘理町は、東日本大震災で大きな被害を受けました。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
 http://www.town.watari.miyagi.jp/index.cfm/7,22585,c,html/22585/20130222-092354.pdf
 これまで宮城県南部に行ったことが無く、前から行ってみたいと思っていました。


 海沿いにある、亘理町荒浜地区を訪ねました。
 荒浜漁港は、綺麗に整備されていました。
 漁港の風景を眺めていたら、小型の漁船が沖から戻ってきました。
 漁船は岸壁に横付けされて、漁師さんたちが水揚げ作業を始めました。
 漁港で待っていた人たちも、「どれどれ今日は何が獲れたかな」といった感じで、水揚げ作業に参加していました。
 やっぱり、漁港にはこういう活気が似合うな、と感じました。



 荒浜地区では、堤防の建設が進んでいました。
 海が全く見えない、大きな堤防が築かれつつありました。
 亘理町は、まちづくりをする上で、街の安全を最優先にする、と決められました。
 街の安全を実現するために、津波、高潮、洪水に強い堤防が建設されています。
 景観の悪化、立ち退きが必要等の問題はあります。
 それでも、まちづくりは前進していると感じました。
 ・参考資料1:亘理町震災復興計画
  http://www.town.watari.miyagi.jp/index.cfm/22,18036,c,html/18036/20111216-143858.pdf
 ・参考資料2:河北新報の立ち退きに関する記事
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20120613_01.htm



 亘理町には、「鳥の海」と呼ばれる汽水湖(海水と淡水が混じっている湖)があります。
 「鳥の海」は、阿武隈川河口に土砂が堆積することによって、形成されました。
 震災以前は、水深が浅く、魚介類が豊富なことから、渡り鳥や海鳥を主体とする野鳥の生息地になっていたそうです。
 亘理町の震災復興計画には、「鳥の海」が観光のシンボルになるように整備する、と記載されていました。
 
 「わたり温泉鳥の海」も震災で被災しました。
 再開を目指しているようです。
 ・参考資料:河北新報の記事
  http://www.kahoku.co.jp/news/2013/12/20131204t11028.htm

 「わたり温泉鳥の海」の建物の写真



 最後は、荒浜地区にあった「鎮魂の碑」について。
 石碑に書いてあった文章を転記します。
「平成二十三年三月十一日の東日本大震災により瞬時にして荒廃の町と化した、その痛ましい記録を刻み犠牲になられた人たちの御霊をお慰めするとともに、わが町民の後世への教訓とし、ここに建立する。
 平成二十五年癸巳年二月
 荒浜地区まちづくり協議会建立」 



 亘理町を訪ねて、街が復興するためにはまだまだ時間がかかる、と感じました。
 それでも、住まれる方々が主体になって、一つひとつの問題を解決していけば、住みよい街になると思います。
 災害に強く、住民が安心して住める街になるように願っています。 
  


 以上、宮城県亘理町についてでした。





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宮城県南三陸町志津川 ~まちづくりについて~


 今回は、宮城県南三陸町志津川のまちづくりについてです。

 南三陸町志津川のまちづくりに関連した、河北新報の記事を読みました。
 ・2013年12月20日の記事 : 南三陸町志津川市街地グランドデザイン 隈研吾氏に作成依頼
  http://www.kahoku.co.jp/news/2013/12/20131220t11023.htm
 ・2014年2月7日の記事 : 南三陸・志津川市街地づくり 建築家隈氏、住民と意見交換    
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20140207_06.htm
 
 隈さんは建築家です。
 世界で活躍されています。
 詳細は、wikiへのリンクをご覧ください。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%88%E7%A0%94%E5%90%BE

 東日本大震災後、仲間の建築家とともに「帰心の会」を設立し、『みんなの家』プロジェクトを提唱されました。
 建築家として、どのように復興するべきか発言されています。
 diamond onlineにインタビュー記事がありました。
 http://diamond.jp/articles/-/14113


◆隈研吾さんについて
 私は、隈さんが設計された建物を見たことはありません。
 この記事を書くために、googleで隈さんの建物を画像検索しました。
 見た感想は「日本の伝統工芸が建物になった」です。
 シンプルで力強い直線。
 直線が織り成す精緻なパターン。
 パターンに変化をつけて生み出す建物全体のバランス。
 日本文化を大事にされているように感じました。


◆diamond onlineの記事で気になったポイントについて
・「下から目線」の都市計画
 →「下からの知恵やエネルギーを集め、たくさんの人を巻き込みながらそれを大きくしていくやり方のほうがいい。」
・隈さんが考える「ムラ」
 →「その場所に密着した暮らしがあると同時に、最先端の感性とネットワークが集まる磁場を持つ、
   グローバルなフィルターを兼ね備えた新しいコミュニティー」
・「ムラ」が人を惹きつけるために重要なこと
 →「なにが定住者とノマドをパートナーとして結びつける鍵になるかと言えば、ぼくは経済よりも感性だと思います。」
   ※ノマドとは、特定のオフィスを持たない働き方をする人のことです。  


◆新聞記事について
 記事を読んだ感想は「南三陸町、やるなあ」です。 
 南三陸町は、震災後、数多くの町外の人を受け入れてきました。
 その結果、多くの人が南三陸町に移住しました。 
 今、南三陸町には、町外の力が必要だと判断して、隈さんに市街地のグランドデザインを依頼されたと思います。
 南三陸町の方々が思い描く暮らしの理想と、隈さんが思い描く復興の姿がうまく合致して、志津川が魅力的な街になることを願っています。



 土地かさ上げ工事中の志津川




 以上、宮城県南三陸町志津川のまちづくりについてでした。



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