FC2ブログ

誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

宮沢賢治の話(その3)


 今回は、「宮沢賢治の話(その3)」です。

 宮沢賢治は、岩手県花巻市出身の童話作家です。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB

 最近、岩手について考える機会が多くあります。
 岩手を良く知りたい、と思うようになりました。
 知人の一人は、「宮沢賢治は岩手の宝だ」と言いました。
 今までじっくり読んだことが無かった、宮沢賢治の文章。
 いくつか代表作を読んだので、紹介します。

 今回は、その三回目です。
 生き物目線の話です。




◆やまなし
・あらすじ
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%97
谷川の情景を「二枚の青い幻燈」と称し、谷川の底の蟹の兄弟が見る生き物たちの世界を描いたもので、晩春の5月の日中と初冬の12月の月夜の2部で構成されている。5月にはカワセミによる魚の殺生が行われ、12月には蟹の兄弟も成長し、ヤマナシの実りが訪れる。

・本文からの抜粋(青空文庫より):カワセミが魚を捕るシーン
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46605_31178.html
『お魚は……。』
 その時です。俄に天井に白い泡がたって、青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾のようなものが、いきなり飛込んで来ました。
 兄さんの蟹ははっきりとその青いもののさきがコンパスのように黒く尖っているのも見ました。と思ううちに、魚の白い腹がぎらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へのぼったようでしたが、それっきりもう青いものも魚のかたちも見えず光の黄金の網はゆらゆらゆれ、泡はつぶつぶ流れました。

・感想
 国語の教科書を思い出しました。
 読んだのは、小学校か、中学校か。
 あの頃は何の興味もなく、ただぼんやりと文章を読んでいました。
 それでも記憶に残っているのは、「やまなし」の情景描写に不思議な感覚を感じたからかも知れません。
 川底に生きるカニ達の視点。
 彼らの視点から見た、川の中の世界。
 一瞬で生と死が変わる自然の厳しさ。
 ほんの小さな変化も見逃さない視点から見える自然の美しさ。
 農村社会の中で、自然をよく見て暮らしていた賢治だからこそ、このような文章を書けたような気がします。
 



◆氷河鼠の毛皮
・あらすじ
 http://blog.goo.ne.jp/ska-me-crazy2006/e/e04e2d047c441bae711b19f2282d561d
ベーリング行きの列車に乗ったお客さんの中に、ラッコに海狸(びばあ)、黒狐、氷河鼠などの毛皮をたくさん着込んだおじさんがいた。大勢のシロクマを連れてやってきて、動物の毛皮を着ている人たちを吹雪で荒れる外に連行しようとするので、黄色い帆布のコートを着ていた船員が止める。

・本文からの抜粋(青空文庫より):動物の毛皮を着ている人たちがシロクマたちに連行されるのを、船員が阻止したシーン
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1934_17932.html
赤ひげがやつと立ちあがりましたら青年はしつかりそのえり首をつかみピストルを胸につきつけながら外の方へ向いて高く叫びました。
『おい、熊ども。きさまらのしたことは尤もだ。けれどもなおれたちだつて仕方ない。生きてゐるにはきものも着なけあいけないんだ。おまへたちが魚をとるやうなもんだぜ。けれどもあんまり無法なことはこれから気を付けるやうに云ふから今度はゆるして呉れ。ちよつと汽車が動いたらおれの捕虜にしたこの男は返すから』

・感想
 賢治が大切にしていたのは、色んな立場に立って物事を捉えることだと感じました。
 特に、弱者の声には、耳を澄まして聞いていたように思います。
 必要以上に動物を殺すことに対して感じた違和感。
 もし動物たちの立場になったらどう思うか?
 毛皮にされた動物たちの怨嗟の声が聞こえる。
 それを文章にしたらどうなるか。
 動物たちの反撃。
 狩るものと狩られるものの立場の逆転。
 「無法なことはこれから気を付けるやうに云ふから今度はゆるして呉れ」の言葉。
 人間が忘れてはいけないこと、それは、他の生き物のおかげで生きていけること。



 以上、「宮沢賢治の話(その3)」でした。





スポンサーサイト



テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

宮沢賢治の話(その2)


 今回は、「宮沢賢治の話(その2)」です。

 宮沢賢治は、岩手県花巻市出身の童話作家です。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB

 最近、岩手について考える機会が多くあります。
 岩手を良く知りたい、と思うようになりました。
 知人の一人は、「宮沢賢治は岩手の宝だ」と言いました。
 今までじっくり読んだことが無かった、宮沢賢治の文章。
 いくつか代表作を読んだので、紹介します。

 今回は、その二回目です。
 生き物と触れ合う話です。



◆セロ弾きのゴーシュ
・あらすじ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AD%E5%BC%BE%E3%81%8D%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5
ゴーシュは町の活動写真館の楽団「金星音楽団」でセロ(チェロ)を弾く係。楽団では近く町の音楽会で演奏予定の『第六交響曲』の練習を続けていたが、あまりにも下手なためにいつも楽長に厳しく叱責されていた。そんなゴーシュのもとに、カッコウを始め様々な動物が夜毎に訪れ、いろいろと理由を付けてゴーシュに演奏を依頼する。そうした経験を経た後の音楽会本番で「第六交響曲」の演奏は成功し、司会者が楽長にアンコールを所望すると、楽長はゴーシュを指名した。ゴーシュは馬鹿にされたと思って立腹しながらも、動物たちの訪問を思い出しつつ、「印度の虎狩り」という曲を夢中で演奏する。その演奏は楽長を初めとする他の楽団員から賞賛を受けることになった。


・本文からの抜粋(青空文庫より) : 狸の子供との会話
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/470_15407.html
おしまいまでひいてしまうと狸の子はしばらく首をまげて考えました。
 それからやっと考えついたというように云いました。
「ゴーシュさんはこの二番目の糸をひくときはきたいに遅おくれるねえ。なんだかぼくがつまずくようになるよ。」
 ゴーシュははっとしました。たしかにその糸はどんなに手早く弾いてもすこしたってからでないと音が出ないような気がゆうべからしていたのでした。
「いや、そうかもしれない。このセロは悪いんだよ。」とゴーシュはかなしそうに云いました。すると狸は気の毒そうにしてまたしばらく考えていましたが
「どこが悪いんだろうなあ。ではもう一ぺん弾いてくれますか。」
「いいとも弾くよ。」ゴーシュははじめました。狸の子はさっきのようにとんとん叩きながら時々頭をまげてセロに耳をつけるようにしました。そしておしまいまで来たときは今夜もまた東がぼうと明るくなっていました。


・感想
 ゴーシュは、動物たちの前で音楽を演奏するたびに、うまくなるきっかけをもらいます。
 猫を前にした演奏では、心のままに演奏するきっかけ。
 かっこうを前にした演奏では、音階を正確に演奏するきっかけ。
 狸の子供を前にした演奏では、正確なリズムを刻むきっかけ。
 野ねずみを前にした演奏では、聴衆の要求に合わせて演奏するきっかけ。
 賢治自身の演奏がうまくなった過程を思い出し、一つひとつ丁寧に、うまくなったきっかけを書いたように感じました。
 最後の「印度の虎狩り」のシーンからは、「感じたままに表現することが一番大事」と賢治が言っているように感じました。




◆鹿踊りのはじまり
・あらすじ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E8%B8%8A%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%98%E3%81%BE%E3%82%8A
北上川の東側から移住して畑を開いて暮らしていた百姓の嘉十は、ある時、栗の木から落ちて足を痛め、湯治のために西の山にある温泉に出かけた。その途中、嘉十は持ってきた栃と粟の団子を食べ始めたが、鹿に食べさせようと少し残して出発した。 少し行ったところで、嘉十は手ぬぐいを忘れたことに気づいて引き返し、6頭の鹿の一団と遭遇する。
6頭の鹿は、見たことのない手ぬぐいに興味を持ち、周りをめぐって踊り始める。 すると嘉十は鹿のことばがわかるようになり、鹿たちが手ぬぐいの正体について、議論しているのが聞こえてくる。
鹿たちは手ぬぐいを生き物とみなして、警戒していたが次第に大胆となって、干上がったなめくじであろうと結論づける。 そして嘉十の残した栃団子を分けあう。 嘉十は一部始終を、すすきの陰に隠れて見ていたが、一頭ずつ歌を披露して、鹿たちが輪になって巡り踊るのを見て心を奪われ、自分も鹿になったような気がして飛び出してしまう。 鹿たちは一斉に西に向かって逃げ去って、夕焼けの野原に嘉十だけが残される。 


・本文からの抜粋(青空文庫より) : 鹿たちが輪になって巡り踊るシーン
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43760_17902.html
ほんとうにすすきはみんな、まっ白な火のように燃えたのです。
 「ぎんがぎがの
  すすぎの中さ立ぢあがる
  はんの木のすねの
  長んがい、かげぼうし。」
 五番目の鹿がひくく首を垂れて、もうつぶやくようにうたいだしていました。
 「ぎんがぎがの
  すすぎの底の日暮れかだ
  苔の野はらを
  蟻こも行がず。」
 このとき鹿はみな首を垂れていましたが、六番目がにわかに首をりんとあげてうたいました。
 「ぎんがぎがの
  すすぎの底でそっこりと
  咲ぐうめばぢの
  愛どしおえどし。」
 鹿はそれからみんな、みじかく笛のように鳴いてはねあがり、はげしくはげしくまわりました。


・感想
 何より面白かったのは、鹿たちのセリフ。
 鹿たちは何を思って暮らしているんだろう。
 そんなふとした疑問から、この物語が生まれた気がします。
 警戒心が強い鹿たちを観察する。
 鹿たちの感情を想像する。
 文章にしてみる。
 先人たちが鹿踊りを生み出した背景を想像する。 
 歴史を紐解くようで、おもしろそうなプロセスです。
 賢治も、そのプロセスを楽しんで文章を書いた気がします。
 動物の身になって対話することで見えてくる世界がある、と感じました。

 ちなみに、鹿踊り(ししおどり)については、下記のリンクをご参照ください。
 http://www.kanko-hanamaki.ne.jp/marugoto/detail.php?p=55








 以上、「宮沢賢治の話(その2)」でした。





テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

宮沢賢治の話(その1)


 今回は、「宮沢賢治の話(その1)」です。

 宮沢賢治は、岩手県花巻市出身の童話作家です。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB

 最近、岩手について考える機会が多くあります。
 岩手を良く知りたい、と思うようになりました。
 知人の一人は、「宮沢賢治は岩手の宝だ」と言いました。
 今までじっくり読んだことが無かった、宮沢賢治の文章。
 いくつか代表作を読んだので、紹介します。
 今回は、その一回目です。
 はかなさを感じる話です。


◆作品名 : 風の又三郎
・あらすじ
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E5%8F%88%E4%B8%89%E9%83%8E
9月1日(木曜):山あいの小さな学校(分教場)に変わった姿の転校生高田三郎が現れた。みんなは伝説の風の精、風の又三郎だと思う。
9月4日(日曜):みんなで高原へ遊びに行く。嘉助が牧場の柵を開けてしまう。逃げた馬を追った嘉助は、深い霧の中で迷って昏倒し、三郎がガラスのマントを着て空を飛ぶ姿を見る。
9月12日(月曜):一郎は三郎から聞いた風の歌の夢を見て飛び起きる。折からの台風に一郎と嘉助は三郎との別れを予感し、早めに登校する。すると案の定、先生から三郎が前日に転校して学校から去ったことを知らされる。

・本文からの抜粋(青空文庫より) : 9月4日の高原での出来事
  http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/462_15405.html
 一郎のにいさんは馬を楢の木につなぎました。
 馬もひひんと鳴いています。
「おおむぞやな。な。なんぼが泣いだがな。そのわろは金山掘りのわろだな。さあさあみんな団子たべろ。食べろ。な、今こっちを焼ぐがらな。全体どこまで行ってだった。」
「笹長根のおり口だ。」と一郎のにいさんが答えました。
「あぶないがった。あぶないがった。向こうさ降りだら馬も人もそれっ切りだったぞ。さあ嘉助、団子食べろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづも食べろ。」
 ※「金山掘りのわろ」は、又三郎のこと。

・感想
 印象的だったのは、孫の嘉助が道に迷った時の、おじいさんの慌て方。
 当時は、人々が自然の真っ只中で生きていた時代。
 ちょっとしたことで、簡単に命が失われる逼迫感が、おじいさんの言葉から感じられました。
 他に印象的だったのは、又三郎のいなくなり方。
 夏休み明けの、9/1から9/12までの、二週間弱の話。
 9/1に何の前触れもなく現れて、あっという間に小学校に溶け込んで、9/12に気付いたらいなくなってしまう。
 どこへ行くとも言わずに。
 どどうっと、強い風が吹き、知らぬ間に止むような感じ。
 日々変わらない学校生活の中に、強烈な変化が生まれ、何事もなかったかのように日常生活に戻る。
 どこか、はかなさを感じる話でした。 



◆作品名 : 銀河鉄道の夜
・あらすじ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80%E6%B2%B3%E9%89%84%E9%81%93%E3%81%AE%E5%A4%9C
一、午后の授業
銀河系の仕組みについての授業。
二、活版所
放課後、ジョバンニは活版所で活字拾いのアルバイトをする。
三、家
家に帰ると牛乳が未だ配達されていない。ジョバンニは、銀河のお祭り(烏瓜のあかりを川へ流す)を見に行く、と言って家を出る。
四、ケンタウル祭の夜
牛乳屋(牧場)に行くが、出てきた老婆は要領を得ず、牛乳をもらえない。途中で、同級生のザネリたちに会い、からかわれる。一緒にいたカムパネルラは気の毒そうに黙って少し笑っている。銀河の祭りに行くザネリたちと反対に、ジョバンニは一人町外れの丘へ向かう。
五、天気輪の柱
天気輪の柱の丘でジョバンニは一人寂しく孤独を噛み締め、星空へ思いを馳せる。
六、銀河ステーション
突然、耳に「銀河ステーション」というアナウンスが響き、目の前が強い光に包まれ、気がつくと銀河鉄道に乗っている。見るとカムパネルラも乗っていた。
七、北十字とプリオシン海岸
北十字の前を通った後、白鳥の停車場で20分停車する。
八、鳥を捕る人
ジョバンニとカムパネルラは鳥捕りに雁を分けてもらい食べるが、お菓子としか思えない。
九、ジョバンニの切符
アルビレオの観測所の近くで検札があり、ジョバンニは自分の切符だけが天上でもどこまででも行ける特別の切符であると知る。
鷲の停車場のあたりで、鳥捕りが消え、青年と姉弟が現れる。彼らは、乗っていた客船が氷山に衝突して沈み、気がつくとここへ来ていたのだという。姉は、蠍の火を眺めながら、「やけて死んださそりの火」の話をした。
天上と言われるサウザンクロス(南十字)で、大半の乗客たちは降りてゆき、ジョバンニとカムパネルラが残される。二人は「ほんとうのみんなのさいわい」のために共に歩もうと誓いを交わす。カムパネルラはいなくなってしまう。
一人丘の上で目覚めたジョバンニは町へ向かう。今度は牧場で牛乳をもらい、川の方へ向かうと「こどもが水へ落ちた」と知る。同級生から、カムパネルラは川に落ちたザネリを救った後、溺れて行方不明になったと聞かされる。


・本文からの抜粋(青空文庫より)
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html
① :  「やけて死んださそりの火」の話
「どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」

② : 「ほんとうのみんなのさいわい」のために共に歩む誓い
ジョバンニはああと深く息しました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。

・感想
 「ほんとうのみんなのさいわい」の話が一番印象に残りました。
 ジョバンニのセリフに、賢治の願いを感じました。
 その願いを誰かと共有したい、という強い想いも。
 「誰でもいいから、カンパネルラのように自分の理想に共感してもらえる人が欲しい。自分を理解してくれる人がいたら、なんだってできる、どこまでだって行ける」、そう言っているように感じました。
 現実世界で、賢治に、自分の願いを共有できた友人がいたか分かりません。
 でも、そういう友人がいて欲しい、そうでなければ、賢治の生き方に救いが無い、そう思いました。

 この話を読んで、川で亡くなった同級生の兄を思い出しました。
 川のそばに供えられた観音様。
 絶やさず飾られていた花々。
 一度も会ったことが無い、同級生の兄は、いつまでも私の心に引っかかっていました。
 日常の中の何気ないところにぽっかり口を開けて待っている暗闇。
 暗闇にのみ込まれた大事な存在を、悼み続ける残された者。
 川のそばの観音様を見るたびに、折り重なっているいろんな人たちの思いが私の心に刻み付けられました。

 最後に、読んで分かったことを一つ。
 この二つの話には、「私の心に引っかかる何かがある」ということ。
 それこそが宮沢賢治の魅力の源泉のはず。
 賢治の文章のどこに惹かれたか、意識してみたいと思います。



 以上、、「宮沢賢治の話(その1)」でした。


テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

臼澤みさきさんのコンサートinイオンタウン釜石


 今回は、「臼澤みさきさんのコンサートinイオンタウン釜石」です。

 3/22(日)に、イオンタウン釜石で臼澤みさきさんのコンサートが開催されました。
 イオンタウン釜石の開店一周年記念コンサートでした。
 臼澤みさきさんは、岩手県大槌町出身の女性民謡歌手です。
 現在、16歳で、盛岡在住です。 
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%BC%E6%BE%A4%E3%81%BF%E3%81%95%E3%81%8D

 大槌町は釜石市の隣町です。
 臼澤さんは地元出身の歌手ということで、多くの観客が集まりました。

 演奏された曲は、以下のとおりです。
 ・ワンツースマイル
 ・そんでこ節
 ・故郷 ~Blue Sky Homeland~
 ・おかえり
 ・SHINE north
 ・笑顔の賛歌
 ・外山節
 ・さんさ里唄

 コンサートを見に行って印象的だったのは、話がしっかりしていたこと。
 歌がうまいのは当然として、話も上手でした。
 大槌町での自分の体験を織り交ぜて、話されました。
 民謡教室で歌った思い出の民謡。
 ふるさとの人たちに元気、勇気を届けたいという想い。
 ふるさとを離れた切ない想い。
 いつでも帰ってきていい、というふるさとの友達の言葉。
 離れて分かる、友達や家族の大切さ、ふるさとの温かさ。
 岩手国体を盛り上げたいという地元愛。
 
 笑顔も爽やかで、応援したい気持ちになりました。
 思わず、CDを一枚買いました。
 もっと、自分の詩で、自分の曲で、今の気持ちを表現されたら、ふるさとを大事に思う気持ちがもっと聴衆に伝わると思いました。
 今後、臼澤さん自作の曲を聴けることを楽しみにしています。
 
 



 以上、「臼澤みさきさんのコンサートinイオンタウン釜石」でした。





テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

山形交響楽団 第1回盛岡演奏会


 今回は、「山形交響楽団 第1回盛岡演奏会」です。

 4/5(日)に、山形交響楽団 第1回盛岡演奏会が開催されました。
 コンサートの副題は、「アマデウスへの旅」。
 山形交響楽団は、8年をかけて、モーツァルトの全交響曲を演奏されました。
 http://yamagata-np.jp/news/201502/15/kj_2015021500304.php 

 今回の演奏会の曲目は、以下のとおりです。
 モーツァルト:交響曲 第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
        「レクイエム」 ニ短調 K.626
 出演(敬称略)
 指揮:飯森範親
 ソプラノ:伊藤 晴、アルト:富岡明子、テノール:安保克則、バス:与那城敬
 合唱:盛岡バッハ・カンタータ・フェライン、山響アマデウスコア
 管弦楽:山形交響楽団


 私は当日、演奏会を聴きに行きました。
 飯森さん指揮の「レクイエム」を聴きに行きたいと思ったからです。
 聴いた後、一番印象に残ったのは、合唱団の凄さでした。


 演奏開始前、飯森さんが演奏会の背景を軽く話されました。
 クラシックを、より身近なものに感じてもらいたい、という気持ちが伝わりました。
 話されたのは、盛岡で公演する経緯、山形交響楽団の話、曲目の説明など。
 長年、岩手の合唱をけん引された方が、ひと月前に亡くなられた話もありました。
 盛岡バッハ・カンタータ・フェラインは、日本が誇りに思える合唱団だということも。 
 http://www.mbkv.org/about/

 交響曲 第41番「ジュピター」はなじみの曲だし、山形交響楽団の演奏が素晴らしく、安心して聴くことができました。

 そして「レクイエム」。
 とにかく、合唱団の声量に圧倒されました。
 亡くなった方の魂を慰めるのが鎮魂曲「レクイエム」。
 合唱団の気持ちが、一つになって、歌という形になっていることが感じられました。
 ソプラノ、アルト、テノール、バスの独唱も素晴らしく、曲全体から力強い祈りが感じられました。
 曲が終わり、合唱団が退場する際に、会場から大きな拍手が起きました。
 最後の一人が退場されるまで、拍手は鳴りやみませんでした。

 盛岡バッハ・カンタータ・フェライン、山響アマデウスコアは、また聴きに来たいと思える合唱団でした。
 
 当日の様子は、飯森さんのブログに載っています。
 http://ameblo.jp/iimori-norichika/


 

 以上、「山形交響楽団 第1回盛岡演奏会」でした。





テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

次のページ