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誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

青森旅行(その10) 〜田舎館村埋蔵文化財センター&博物館〜


 今回は、「青森旅行(その10) 〜田舎館村埋蔵文化財センター&博物館〜」です。

 私は、今年のゴールデンウィークに、青森を旅行しました。
 青森に行きたいと思った理由は、なんとなく「東北の中でも青森は異質である」ように感じていたからです。
 その「異質感」の元を見つけたくて、青森市、弘前市、五所川原市、十和田市付近を旅行しました。



 今回は、田舎館村埋蔵文化財センター&博物館について紹介します。

 田舎館村埋蔵文化財センター
「埋蔵文化財センターは発見された水田跡の上にたてられています。遺構露出展示室内では、約2000年前の地面の上を歩くことができます」
 田舎館村埋蔵文化財センターホームページより抜粋
 http://www.vill.inakadate.lg.jp/_common/themes/inakadate/maibun_hp/




「垂柳遺跡は、青森県田舎館(いなかだて)村で発見された弥生時代(約2000年前)の遺跡です。ここで水田跡が発見されるまでは「東北地方北部に弥生時代はなかった」と言われていました。しかし、以前から出土していた弥生式土器と合わせて、昭和56年に水田跡が発見され、東北地方北部にも弥生時代が存在していたことを証明しました。垂柳遺跡の水田跡の発見は、考古学史や農業史を書き換えるほどの大発見でした」
田舎館村埋蔵文化財センターホームページより抜粋 



 弥生時代の土器。
 弥生時代の土器と言っても、縁の辺りには縄文時代の名残が残っているように感じる。
 土器作りの技術は、受け継がれていたのかも知れない。



 博物館にあった、栃の海像。
 田舎館村出身の第49代横綱。
 横綱に青森県出身者が多いのは何故か?
 幼少期の強化体制?指導力?青森県人の体力?気質?
 理由を知りたい。



 田舎館村出身の田澤 茂さんの作品「鎮魂歌」。
 背景に岩木山が見える。
 田澤さんの心に写る、郷土の心象風景。



 田舎館村と言えば、田んぼアート。
 今年も開催されるようです。



 今回で、縄文時代、弥生時代の博物館紹介は終了です。
 次回は、青森の夏を彩る祭りについて紹介します。




 以上、「青森旅行(その10) 〜田舎館村埋蔵文化財センター&博物館〜」でした。





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青森旅行(その9) 〜青森県立郷土館〜


 今回は、「青森旅行(その9) 〜青森県立郷土館〜」です。

 私は、今年のゴールデンウィークに、青森を旅行しました。
 青森に行きたいと思った理由は、なんとなく「東北の中でも青森は異質である」ように感じていたからです。
 その「異質感」の元を見つけたくて、青森市、弘前市、五所川原市、十和田市付近を旅行しました。



 今回は、青森県立郷土館について紹介します。

 青森県立郷土館
「青森県立郷土館は、私たちの郷土である青森県の過去を振り返り、現在を見つめ、未来を考えることを目的として、設置されました」
 郷土館のウェブサイトより抜粋
 http://www.kyodokan.com/aboutus/


 「屋内作品は、受付で登録すれば写真撮影可能。ブログに写真を掲載する場合は許可が必要」とのことです。
 ブログに写真を載せる許可を取っていないので、模写を載せます。


 縄文時代の土偶の模写。
 この土偶からは、安らぎを感じた。
 どっしりした体に、落ち着いた表情。
 誰かに害をなすような悪意は感じられない。
 



 石に彫ってあった模様の模写。
 少し菱形が混じっているけど、ほとんどが渦を巻いた形。
 とにかくクルクル、これでもかというくらいクルクル。
 これだけ渦巻きにこだわるからには、何か意味があると考えたくなる。



 
 青森県立郷土館は、縄文時代の土偶や土器、石器などの宝庫でした。
 縄文時代の資料を見るだけでも満足できました。
 縄文ファンなら、満足できる展示だと思います。
 
 縄文時代以外にも、江戸時代から明治時代、さらに現代の展示も充実していました。
 常田健さんを始め、青森にゆかりのある画家の絵も展示されていました。
 青森県を代表する博物館として、見ごたえがありました。




 以上、「青森旅行(その9) 〜青森県立郷土館〜」でした。





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青森旅行(その8) 〜つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)〜


 今回は、「青森旅行(その8) 〜つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)〜」です。

 私は、今年のゴールデンウィークに、青森を旅行しました。
 青森に行きたいと思った理由は、なんとなく「東北の中でも青森は異質である」ように感じていたからです。
 その「異質感」の元を見つけたくて、青森市、弘前市、五所川原市、十和田市付近を旅行しました。


 今回は、つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)について紹介します。
 亀ヶ岡遺跡から出土された縄文時代の土器や石器、館内に復元された亀ヶ岡式竪穴住居が展示されています。
 http://www.aptinet.jp/Detail_display_00000537.html



 資料館の中で気に入ったのは、大型土器の豊富さ。
 色んな形の土器が展示されていました。
 一つひとつ、じっくり見ました。

 まずは、水がめのような土器。
 底の面積が狭くて、不安定そう。
 でも、斜めにしやすそう。
 斜めにして使う場面が多かったのかも知れない。
 あと気になるのが、上部のベルト状の部分。
 単なる装飾なのか、それともこの形だから成し得る機能があるのか? 



 文字通り、縄文土器。
 土器の表面は、縄の模様で埋め尽くされている。
 自由に模様が躍る、非対称な世界。
 それにプラスされるのが、渦巻き模様。
 縁をさりげなく飾る。  



 上半分と下半分で違う世界に見える。
 上半分は、凹凸が大きく、縄をそのまま張り付けたようなデザイン。
 下半分は、凹凸が小さく、縄のパターンを一定のリズムで刻んだようなデザイン。 



 縄文土器の良さは、なんと言っても凹凸感。
 凹凸にリズムがあるところ。
 設計図を作って、道具を使って作り上げるような精密さは無い。
 作る前に想像して、アドリブで感覚的に作り上げるような勢いが有る。 
 


 一番の特徴は、土器の縁に現れる。
 重厚かつ繊細。
 何かを入れるための器としての機能より、生活に彩りをもたらす装飾品としてのデザインを大事にしていたように感じる。



 ここからは想像です。
 縄文時代、亀ヶ岡には大きな集落があり、分業体制ができていた。
 周囲の森や海、川から食料を採取する人。
 海の幸、山の幸を料理する人。
 衣類や住居を作ったり、補修する人。
 集落の運営を司る人。
 集落の神事を司る人。
 その中に、土器や土偶を作る職人もいた。
 職人は世襲制度で、何代にも渡って技術と美意識が受け継がれていった。
 その美意識が、遮光器土偶や土器を作る際の立体的な表現を生み出した。
 人々は、そのようにして生まれた装飾品を愛用した。
 そんな集落の生活があるように感じました。




 以上、「青森旅行(その8) 〜つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)〜」でした。







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青森旅行(その7) 〜亀ヶ岡考古資料室〜


 今回は、「青森旅行(その7) 〜亀ヶ岡考古資料室〜」です。

 私は、今年のゴールデンウィークに、青森を旅行しました。
 青森に行きたいと思った理由は、なんとなく「東北の中でも青森は異質である」ように感じていたからです。
 その「異質感」の元を見つけたくて、青森市、弘前市、五所川原市、十和田市付近を旅行しました。



 今回は、亀ヶ岡考古資料室について紹介します。
 つがる市縄文館は、遮光器土偶の出土で知られる亀ヶ岡遺跡の展示館です。
 その中にある木造亀ヶ岡考古資料室には、亀ヶ岡遺跡で出土された土器や石器などが展示されています。
 http://www.aptinet.jp/Detail_display_00000538.html


 亀ヶ岡の遮光器土偶は、国の重要文化財です。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%AE%E5%85%89%E5%99%A8%E5%9C%9F%E5%81%B6
 


 重要文化財と同様な形をした土偶の断片を見ました。
 立体的な模様群。
 一つひとつの模様にどんな意味があるのだろうか?



 重要文化財に形が似ている土偶。
 大きく渦を巻く立体的な模様。
 所々にあいている小さな穴。
 スリムなボディに、太く力感のある手足。



 遮光器土偶に近いけど、少し形が違う土偶。
 顔の模様がしわに見え、老人に見えます。
 目をつぶり、安らかに亡くなっているように見えます。
 死者を弔うための像に見えます。


 
 亀ヶ岡遺跡は、津軽平野の中にあります。
 海にも近いです。
 何故、この場所から見つかったのか、気になります。
 もう少し、旅行の中で見聞きしたことを思い出しながら、ブログを書きます。



 以上、「青森旅行(その7) 〜亀ヶ岡考古資料室〜」でした。





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青森旅行(その7) 〜三内丸山遺跡〜


 今回は、「青森旅行(その7) 〜三内丸山遺跡〜」です。

 私は、今年のゴールデンウィークに、青森を旅行しました。
 青森に行きたいと思った理由は、なんとなく「東北の中でも青森は異質である」ように感じていたからです。
 その「異質感」の元を見つけたくて、青森市、弘前市、五所川原市、十和田市付近を旅行しました。



 今回は、三内丸山遺跡について紹介します。

「三内丸山遺跡は、今から約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡で、長期間にわたって定住生活が営まれていました。」
 三内丸山遺跡のウェブサイトより
 http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/about/main.html 



 縄文遺跡の魅力は、見ていると疑問が湧きあがること。
 例えば、復元した大型掘立柱建物。
 なんでこんな大きな構造物を作ったんだろう?
 どうやって作ったんだろう?
 どうやって使ったんだろう?
 パッと見るだけで、どんどん疑問が湧いてくる。



 復元した大型竪穴住居跡。
 長さ約30m×幅約10m。
 建物の中には柱が何本も立っていて、しっかりした構造。
 百人以上集まることができそう。
 どんな風に人が集まり、どんな風に使ったんだろう?
 食堂?冠婚葬祭用?病院?リーダーの住居?
 当時の暮らしを想像するだけで、ワクワクする。



 復元された掘立柱建物。
 その他にも、色んな種類の竪穴式住居が復元されている。
 人々はどうやって暮らしていたんだろう?
 ムラの組織はどうなっていたんだろう?
 ムラの意思決定はどうなっていたのかな?



 遺跡の近くにある「縄文時遊館」内の展示。
 いろんな形をした土偶たち。
 何に使ったんだろう?
 どんな立場の人が作ったんだろう?



 土偶には魅力がある。
 一番の魅力は、心に直接訴えかけてくるモノがあるところ。
 口を開け、頬がこけた細面。
 目と口の漆黒。
 耳の下の飾り。
 体中を這う線。
 どういう思いで作ったんだろう? 



 「青森の異質さ」と「縄文」には、つながりがあるように感じます。
 青森県では、縄文時代の遺跡や遺物が多数見つかっています。
 厳しい冬、短い夏という青森の自然の中で暮らした縄文の人々。
 厳しい自然と正面から向き合い、
 生と死が隣り合わせであることを体感し、
 日々の暮らしを全力で生きる。
 大型掘立柱建物のような、作ることが不可能に思えるものを作る。
 土偶のような、精神を具現化するものを作る。
 そんな縄文の人々の姿が目に浮かびます。 




 以上、「青森旅行(その7) 〜三内丸山遺跡〜」でした。





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