FC2ブログ

誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

2018年3月 三陸旅行(その6)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その6)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、釜石市の箱崎地区について書きます。
 箱崎地区は、釜石市の北部にある箱崎半島にあります。


 箱崎漁港の漁港施設から見た根浜(ねばま)海岸の写真。
 震災前は、約2kmに渡って砂浜が広がっていて、近くに松林もあった。
 震災前の写真はこちらのウェブサイトをご覧ください。
  →http://news.hamachidori.net/?eid=1010837
  →https://teamfk.exblog.jp/14943476/
 2018年現在、砂浜は消失しており、海沿いには防潮堤が続いています。



 手前に見えるコンクリートの壁が、震災前からある防潮堤。
 その奥に見える高さ3倍以上はある盛り土が、新たに作られつつある防潮堤。



 新防潮堤の幅は、旧防潮堤の幅の10倍以上。
 新防潮堤より陸側には、守るべき道路や住宅が見える。
 新防潮堤が完成したら、どれだけの方が地元に戻ってくるのだろう。



 改めて見ると、今までの防潮堤がおもちゃのように見える。
 これだけ大きな防潮堤ができれば、もう安心?
 でも、過信は禁物。
 自然を相手に絶対は無い。
 三陸にいるときに地震が来たら、一目散に高台に逃げること。
 これだけは忘れないようにしたい。



 以上、「2018年3月 三陸旅行(その6)」でした。




スポンサーサイト



テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

2018年3月 三陸旅行(その5)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その5)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、釜石港について書きます。


 釜石港では、「鉄の港」として、製鐵原料と製品の海上輸送が行われてきました。
 平成23年3月11日に東日本大震災津波が発生し、釜石港も大きな被害を受けました。
 港湾施設については、平成28年度までに概ね完成しました。
 平成28年に東日本大震災津波の復興支援として、大阪府から岩手県にガントリークレーンを無償譲渡され、荷役の作業効率が大幅にアップしました。
 詳細は、下記のリンクをご参照ください。
  →http://www.pref.iwate.jp/engan/doboku/60776/060769.html



 震災で被災した魚市場を取り壊し、新たに再建された魚市場。
 「鉄と魚とラグビーのまち」を謳う釜石には欠かせない施設の一つになるはず。
 近年、三陸の漁獲量が落ちているので、心配ではあるが・・・。



 もう一つある、現在稼働中の魚市場。
 漁船が何隻か停泊していた。
 どんな魚が水揚げされるのかな?



 港湾施設にあるガントリークレーン。
 大阪府から岩手県に寄贈された。
 大量のコンテナの積み下ろしが可能。
 釜石が物流の拠点となるためには必要な施設。



 地中に何本も埋め込まれた杭。
 数百メートルにも渡って並んでいる。
 今後何年も防潮堤を地下で支えることになる。



 地中に打ち込まれた杭にかぶせる鋼管。
 この防潮堤は、狭い敷地に壁状にそそり立つ直立型になる。
 今後何年も防潮堤を地上で支えることになる。






 以上、「2018年3月 三陸旅行(その5)」でした。



テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

2018年3月 三陸旅行(その4)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その4)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、釜石大観音仲見世について書きます。

 岩手県釜石市には、大観音があります。
 その門前町として、商店街があります。
 最盛期は20数店舗お店がありましたが、現在は飲食店1軒を残すのみとなりました。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
  →https://peraichi.com/landing_pages/view/nakamise


 仲見世の現在の姿。
 多くのお店が、シャッターで閉じている。
 人通りもなく、ちょっと寂しい感じ。



 通りを歩いていると、視線を感じた。
 そちらを見ると、私に鋭い目線を送る猫二匹。
 ケースの上に、まるーくなって座っている。



 警戒心たっぷり。
 でも、こっちは、生き物がいるだけで嬉しくなる。 
 カメラを構えてもどっしり身動きせず。



 こちらの猫も、キツイ目線。
 いつもこの場所にいて通りを見ているのか、動く気配なし。
 観音様だけじゃなく、猫カフェでもあれば、また来たくなるかな?





 以上、「2018年3月 三陸旅行(その4)」でした。





テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

2018年3月 三陸旅行(その3)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その3)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、岩手県釜石市唐丹町について書きます。


 岩手県釜石市小白浜(こじらはま)地区。
 震災前からある防潮堤に、新しく作られた防潮堤が接続する。  



 三陸鉄道唐丹駅近くの防潮堤。
 高さは14~15メートルくらい。 
 よく防潮堤には「巨大」という枕詞が付くが、まさにその通り。



 唐丹町本郷地区を守る防潮堤。
 既存の防潮堤の陸側に、より高い防潮堤が整備された。
 より高く、より大きく。



 唐丹町花露辺(けろべ)地区。
 この地区には防潮堤は無い。
 その代わり、住居は全て高台に移転している。 



 唐丹町花露辺(けろべ)地区の高台から見た風景。
 海の様子は一目瞭然。
 海に異常があったら、すぐに高台に避難できる。
 地形によって、そこに住む人々の考えによって、街の在り方も変わる。




 以上、「2018年3月 三陸旅行(その3)」でした。


テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

2018年3月 三陸旅行(その2)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その2)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、田束山(たつがねさん)について書きます。

 田束山は、南三陸町歌津地区にあります。
 このブログでも何回か紹介しました。
 「田束山」でブログ内の記事を検索したら、10件くらいヒットしました。
 田束山に関する紹介は、下記のリンクをご参照ください。
  →http://norikfc2.blog.fc2.com/blog-entry-161.html



 田束山は、歌津に来て時間があるとよく行く山。
 魅力は、なんといっても山頂の解放感。
 周りをスカッと見渡せる景色。
 人気(ひとけ)も無し。
 この時は、好きな音楽を、大きな声で、リピートして歌った。



 歌津の伊里前地区。
 水平線がよく分からない。
 海と空の境界が溶け合っていた。



 南三陸町志津川地区の大きな湾。
 そう言えば、三陸道が開通してから、志津川に行っていない。
 どうなっているのだろう。
 道や街は、どんどん変わっていく。 



 内陸に目を向けると、遠くに山が見える。
 山頂には雪が見える。
 田束山も吹く風はまだ冷たい。 



 気仙沼市の方に目を向ける
 三陸のリアス式海岸が続く。 
 一つ一つの入り江に、海と向き合う人たちの営みがある。






 以上、「2018年3月 三陸旅行(その2)」でした。


テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

次のページ