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誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

ブログ休載のお知らせ


 今回は「ブログ休載のお知らせ」です。
 

 ただいま、機械学習を学んでいます。
 学ぶことが多く、なかなか思うようにプログラムを書けない日々が続いています。
 2ヶ月ほど、ブログを休載して機械学習に集中します。 
 8月上旬を目途に、再開したいと考えています。

 
 以上、「ブログ休載のお知らせ」でした。



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テーマ:プログラミング - ジャンル:コンピュータ

2018年3月 三陸旅行(その11)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その11)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、被災地に住み続けることについて書きます。

 東日本大震災後に、多くの方々が震災復興に貢献するために被災地に入りました。
 岸和田市の大槌町復興支援業務終了報告を参照すると、H29.4現在、大槌町職員の約50%は、任期付きまたは他自治体からの派遣職員です。
 H30.4現在、公的資金を基にした災害復旧事業は、70~80%完了済みのため、大槌町の職員数はピーク時より減っていて、2~3年後には通常の職員定数に近づいていくと思われます。
  →「https://www.city.kishiwada.osaka.jp/uploaded/attachment/49930.pdf」参照
 このことは、災害復旧事業のために、被災地に来て働いていた公務員や工事関係者が、被災地から離れることを意味します。

 私は、被災地に住んでいた時には、住んでいた人がいなくなることは分かりにくい、と感じていました。
 地域の方々とのつながりが無く、震災復興に関連した仕事でしか人とのつながりが無い方だと、なおさらです。
 私が住んでいた間にも、一人抜け、二人抜け、徐々に人がいなくなっていきました。
 私もその中の一人でした。

 公的資金を基にした災害復旧事業が終わっても、その地域に住み続けたいと思えるかどうか?
 私の知り合いで残り続けている人は、ほぼ全員漏れなく、波長が合う地元の方々とつながっています。
 被災地に残る理由は、お金がメインではありません。
 価値観を共有し、つながる喜びを持てる大事な人がいることが最重要です。
 私個人としても、やりたい仕事ができて、生活できる収入が得られて、住み続けたいと思える仲間がいるという複数の条件が揃っていれば残っていたと思います。

 この前、知り合いのグループが、コワーキングスペースを開業したことをSNSにアップしていました。
 「稼ぐ+つながる」場所になる可能性があって、すごくいいなと思いました。
 被災地にずっと住み続けるためには、そこで仕事をして、稼ぐことも大事です。
 被災地の外から来た方々が大事にしていることが得られるように、残り続けて頑張っている方々が報われるように、心から願っています。


 以上、「2018年3月 三陸旅行(その11)」でした。



テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

2018年3月 三陸旅行(その10)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その10)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、大槌町の遺産について書きます。


 大槌町の象徴、蓬莱島。
 井上ひさしさん原作の人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルになったと言われる島。 
  →http://sanriku-trip.jp/houraijima/
 大槌町民の多くが大事に思う存在。



 大槌町の旧庁舎。
 ここで、当時の町長と職員の計40人が犠牲になった。
 東日本大震災の津波被害の象徴的な建物。
 2018年3月15日に開催された定例町議会において、解体関連予算案が賛成多数で可決された。
  →http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201803/20180315_31060.html 



 旧庁舎は、多くの方々が祈りを捧げる場所でもある。
 解体するにせよ、保存するにせよ、地元の方々の想いが最大限尊重される形で物事が進むことを願っています。




 以上、「2018年3月 三陸旅行(その10)」でした。


テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

2018年3月 三陸旅行(その9)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その9)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、大槌町の大槌漁港について書きます。


 大槌町安渡地区の写真。
 歯抜けのように残った旧防潮堤。
 その奥に作られた新防潮堤。 



 2018年3月現在、新防潮堤は建設中。
 完成には、もう数年かかりそうな雰囲気。



 旧防潮堤はいつまで残るだろうか?
 新防潮堤が完成したら、津波を防ぐ機能面では、旧防潮堤は不要になる。
 でも、津波の脅威を物語る構造物の大半が撤去される中、旧防潮堤は数少ない存在となる。


 小枕地区の山の写真。
 大槌町の復興事業を進めるために切り崩された。
 痛々しくも見える。
 が、見慣れた景色や自然が変わることは、街づくりを進めるためには、必要な決断の一つ。
 一つ一つの決断を積み重ねて、新しい街が生まれる。



 これから数年はかかる大槌町の復興事業。
 とにかく、今描いている未来を実現して欲しい。
 心から応援しています。



 以上、「2018年3月 三陸旅行(その9)」でした。


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2018年3月 三陸旅行(その8)


 今回は「2018年3月 三陸旅行(その8)」です。
 
 私は、2018年3月に三陸地方を旅行しました。
 2011年の東日本大震災から丸7年経ちましたが、まだ、復興の途中でした。
 その時に見聞きしたこと、感じたことを書きます。


 今回は、大槌町吉里吉里地区について書きます。

 吉里吉里地区の浪板海岸にある鳥居。
 眼下にある岩礁がご神体。
 海に生きる方々が、海に抱く敬意はいつの時代も変わらない。



 浪板海岸の風景。
 こう見ると、工事している様子も無く、平常を取り戻しているように見える。



 吉里吉里地区の吉里吉里海岸。
 高さ3メートルくらいのコンクリート壁からなる旧防潮堤。
 その奥に、高さ15メートルくらいの盛り土からなる新防潮堤。
 完成にはまだ時間がかかりそう。



 何年か前の夏に、この場所で海開きがあった。
 地元の有志や、ボランティアの方々のご尽力により、多くの人が海に入って楽しんでいた。
 吉里吉里海岸は、地元の方々にとってかけがえのない思い出溢れる場所のはず。
 何年か後の夏に、また、ここに来よう。
 その時には、復興工事が終わり、笑顔溢れるビーチになっているはずだから。


 

 以上、「2018年3月 三陸旅行(その8)」でした。


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