FC2ブログ

誰もがやさしく微笑みあえる、その日まで

東日本大震災で被災された方々、心を痛めた方々に送ります。

宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話 その2


 前回に引き続き、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話です。
 第2回目です。

 私は、今年のゴールデンウィークに、宮城県名取市閖上地区を訪ねました。
 魚市場のそばを歩いていると、近くに小高い丘があり、人が集まっている様子が見えました。
 近づくと鳥居があり、小さな社が見えました。


 社の両脇には、"富主姫神社"と"閖上湊神社"と書かれた杭が立てられていました。
 "閖上湊神社"は、閖上地区にあった神社ですが、津波で流されました。
 また、"富主姫神社"は日和山にありましたが、同様に津波で流されました。
 詳細は、下記のリンクをご覧ください。
 https://readyfor.jp/projects/yuriage
 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1088/20130513_01.htm


 社の横には、この社が作られた経緯が書かれていました。
 閖上の宮大工さんがお一人で作られたそうです。
 詳細は、次のリンクをご覧ください。
 https://readyfor.jp/projects/yuriage2


 日和山の上で、しばらく辺りの風景を眺めました。
 一見して、街の再建がうまく進んでいない、と感じました。
 日和山の周囲には住宅がほとんど残っていませんでした。
 仮設の建物もほとんどありませんでした。

 仙台平野の海沿いの住宅地は、広い地域で津波に襲われる危険があります。
 閖上地区の再建の難しさを感じました。

 次の動画は、日和山の上で撮影しました。
 東(海側)、南、西、北の順でぐるっと一周しました。
 とても風が強かったです。
[広告] VPS



 日和山の南西側の山裾に、石碑がありました。
 昭和三陸津波の記念碑でした。
 以下の文が書いてありました。
『地震があったら津浪に用心
 昭和八年三月三日午前二時三十分突如強震あり。沈静後約四十分にして異常の音響と共に怒涛澎湃し来たり、水嵩十尺、名取川を遡上して西は猿猴囲に到り、貞山掘広浦江一帯に氾濫せり、浸水家屋二十余戸、名取川町裏沿岸に在りし三十屯級の発動機漁船数艘は、柳原囲の畑地に押し上げられ、小艇の破砕せられるもの少なからざりしも、幸い人畜には死傷なかりき・・・(中略)・・・天災地変は人力の予知し難きものなるを以て、緊急護岸の万策を講ずべきは勿論、平素用心を怠らずに変に応ずるの覚悟なるべからず。茲に刻して以て記念とす。
   昭和八年十一月三日』


 日和山の周囲には花が植えられていました。
 花は、辺りの雰囲気を変えていました。
 ほんの少しの彩りがあるだけで、その周囲に温かみが感じられました。
 花を植えられた方々が、閖上地区が早く明るい街に戻って欲しい、と願っているように感じました。




 以上、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の話 その2でした。



スポンサーサイト



テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://norikfc2.blog.fc2.com/tb.php/309-96c01bdb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)